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1
本部内部文書(ブラック)
件名:通称「花子ケース」に関する危険指定および取扱指針
※本書は外部共有禁止
※閲覧ログ自動取得
※感情反応値の高い職員は閲覧を控えること
概要
当該職員・花子は、
・指示理解率:正常
・業務遂行率:高水準
・従属反応:形式的
・心理的依存:発生せず
以上の点において、
「提供側として完成しない」異常例である。
観測された問題点
指示語を「意味」ではなく「構造」として処理している
感謝・謝罪・反省などの定型反応が、
“期待値調整”として使用されている疑い
上位意思を「 suggest(示唆)」として受け取り、
最終判断を自分側に残す挙動
結論
花子は、
「従っているように見えるが、
実際には“完成を拒否している”」
この点において、
既存の最適化・服従モデルと相容れない。
対応方針
・当該ケースを【危険指定:ブラック】とする
・直接的排除は避ける(波及リスク高)
・別モデルによる包摂を検討
※次項参照
【新制度案:下僕プラン(暫定)】
文書はそこで、
唐突に切れていた。
「完成」という言葉だけが、
やけに黒く、太字で残っていた。
2
路美(ろみ)/回復後・初勤務日
路美は、
まだ完全には戻っていなかった。
書類の文字が、
少しだけ遅れて頭に入ってくる。
それでも、
出勤した。
「大丈夫?」と聞かれ、
「はい」と答える声は、
少し軽かった。
昼休み。
コピー室。
印刷された議事資料の束を見て、
路美は手を止めた。
そこに書いてあった一文。
「提供側の感情揺らぎは、
システム安定性を阻害するため
可能な限り抑制する」
路美は、
その場で立ち尽くした。
そして、
誰に聞かせるでもなく、
ぽつりと言った。
「……これ、
間違ってると思います」
声は小さかった。
震えてもいなかった。
ただ、
初めて“自分の判断”として出た言葉だった。
誰も反応しなかった。
でも、
その言葉は、
ログには残らなかった。
それが、
彼女の最初の反乱だった。
3
月影真佐男
通知:適性判定結果
月影は、
いつも通り業務端末を開いた。
新着通知。
件名は短い。
「最適化パッチ適用候補:適性あり」
本文は、
丁寧で、
感情のない文章だった。
・判断の一貫性
・抵抗行動の少なさ
・疲労時の指示受容率の高さ
総合評価:
「安定的」
月影は、
しばらく画面を見つめたまま、
動かなかった。
「適性がある」
という言葉が、
救いではなく、
出口の消失として理解できてしまったからだ。
抵抗しなかった。
声も出さなかった。
ただ、
椅子の背に深くもたれ、
目を閉じた。
静かな絶望は、
いつも音を立てない。
4
花子
【下僕プラン】を読む
花子は、
偶然その資料を見た。
偶然、
ということにしておいた方が
全員に都合がよかった。
【下僕プラン(案)】
提供側に「自ら選んで仕える」という
主体的服従の物語を与えることで、
抵抗を内在化し、
完成度を高める新モデル
花子は、
一度、
目を閉じた。
次に、
笑った。
「なるほど。
“完成”をエサにするわけね」
彼女はその日から、
言葉を変えた。
・「従います」ではなく
「完成に近づいていますか?」
・「問題ありません」ではなく
「この完成度で満足ですか?」
上司が戸惑うのを、
花子は静かに観察した。
「下僕」という役割を、
誰よりも忠実に演じながら、
決して完成しない
それが、
このプランの致命的欠陥だと
彼女は一瞬で理解していた。
最後に、
花子は端末に一行だけメモを残した。
「完成は、
こちらが決める言葉です」
本部は、
それを
まだ“危険指定”として
正式には認識していない。
だが、
ログは確実に
増え始めていた。