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荒野を歩くたび、靴底が砂に沈んでいく。
乾いた風が頬を刺し、目を細めても砂が入り込んでくる。
真帆と私は、千夏の足取りを追っていた。
人間の目撃情報は多い。
けれど、どれも決め手に欠ける。
魔物の言う人間は、私たちの知っている人間とは限らない。
それに、その人間が本当に千夏なのかどうかも分からない。
「……ササキレイナのこと、まだ胸に残ってるよね。」
私がそう言うと、真帆は小さく頷いた。
その横顔は、どこか痛みを抱えているように見えた。
「うん……あれで分かった。人間は私たちだけじゃない。それに……私たち、落とされたのかもしれないってこと。」
“生贄”。
その言葉が胸の奥で重く沈む。
魔界では、人間は底辺だ。
生き延びるなんて、本来はほとんど不可能だと思う。
でも──こうして私たちは生きている。
真帆のように“力”で。
私のように“知恵”で。
だから……千夏だって。
どこかで、生きているかもしれない。
そんな気がしてならなかった。
その時、少し離れた場所で魔物同士がぶつかる音がした。
振り向くと、プラス表示のついた魔物が、別の魔物に一瞬で仕留められていた。
殺した側のレベルが跳ね上がり、奪った“プラス”の光まで吸い込んでいく。
(……そういう仕組み、か。)
私が黙って見ていると、真帆が私の表情を読んだみたいに言った。
「その方が効率的だからね。」
「……うん。」
荒野は次第に岩がゴツゴツした山のような風景へと変わり、魔物のレベルも100を超えるものが出始めた。
真帆は相変わらず魔物に聞き込みをしていた。
時々、「プラス表示」の魔物と出会う。
その“プラス”に千夏が含まれていないという確信はない。
私はスマホを取り出し、魔物に画面を見せる。
「この子、見なかった?」
真帆と出会ってから、ようやく探すという行動が形になった。
それなのに、こんな簡単な方法を今まで思いつかなかった自分に気づく。
(……そうだ。スマホがあったんだ。)
焦りと不安で頭が回らなかっただけだ。
千夏の写真を見せれば、魔物にも伝わるかもしれない。
聞き込みを続けていると、一匹の魔物が寄ってきた。
レベル53。
今となっては雑魚レベルだ。
魔物は、ぎょろりとした目で写真を見て言った。
「見た。似たニンゲン……あっちの穴に入った。」
「穴?」
私は思わず聞き返した。
魔物は震える指で、岩山の奥を指した。
そこには、ぽっかりと黒い影が口を開けていた。
洞窟だった。
私は小声で真帆に囁いた。
「絶対うそよ。怪しすぎる。」
真帆は刀の柄に軽く触れた。
その瞬間、刀がビクッと震えた。
「……え?」
真帆が刀を見る。
刀は、洞窟の方へ、わずかに傾いているように見えた。
風のせいか、真帆の手の力加減か判断がつかない。
けれど、どこか導かれているような気がした。
「ちょっと……今、この子……」
真帆が戸惑う。
私は息を呑んだ。
「千夏が……そこに?」
真帆は刀を握り直した。
「分かんないけど……なんか、そっちって言ってる気がする。」
刀は静かに震えているように感じた。
それが本当に震えているのか、私の目がそう見せているだけなのか──自分でも分からなかった。
「行こう。」
真帆はそう言って、洞窟へ向かって歩き出した。
「あっ、真帆!ちょっと待ってよ!」
私は慌てて後を追った。
洞窟へ向かう道は、岩が崩れた跡のようにゴツゴツしていて、ところどころに黒い焦げ跡が残っていた。
近くの岩壁には、何かが爪で引き裂いたような深い溝が走っている。
風が吹くたび、洞窟の奥から低い唸り声のような音が漏れてきた。
洞窟の前に立つと、入口はぽっかりと口を開けていた。
まるで“飲み込むもの”を待っているみたいだった。
真帆は刀を軽く持ち直した。
私たちは慎重に洞窟の中へ数歩進んだ。
足元の砂利がカラリと鳴る。
その瞬間──
ゴトン!
背後から重い音が響き、差し込んでいた光が消えた。
「だから言ったじゃない……」
私は落胆と呆れが混じった声でつぶやいた。
洞窟の奥は真っ暗だった。
けれど、闇が“ただの闇”じゃないことはすぐに分かった。
奥の闇が、ゆっくりと膨らむように動いた。
暗闇そのものが押し出されて形を作っていくようだった。
ズ……ズ……
そして──
闇の中から、牛の頭をした巨体がゆっくりと姿を現した。
私たちの三倍はある。
角はねじれ、先端が黒く焦げたように尖っている。
胸から下は人間に近いが、筋肉の線が不自然に盛り上がっていた。
真帆は刀を構えた。
「えっと……レベルは10……見た目のわりに雑魚じゃん!」
「ガッカリ……」
私は叫ぶ。
「馬鹿!よく見てよ!」
「レベル10じゃん。」
私は指を突きつけた。
「10Kだよ、10K!」
「どういう意味?」
「Kって、1000ってこと!
だから、10×1000!」
真帆の顔が青ざめる。
「ということは……1万……」
魔物はあざ笑うように口角を上げた。
「いいね……その恐怖と絶望の顔。」
真帆は後ずさる。
刀を握る手が震えていた。
その時──
「取引しないか?」
真帆がビクリと肩を震わせた。
私も思わず顔を上げた。
耳の奥に、低い声が直接、落ちてきたように聞こえた。
周囲を見回すが、誰もいない。
「……だれ?」
真帆が震える声でつぶやく。
「助けてやる。
その代わり──封印を解け。」
その声は、洞窟の空気を震わせるように響いた。
私の耳にも、確かに届いていた。
魔物はさらに距離を詰めてくる。
背後は塞がれ、前には1万レベルの魔物。
逃げ場なんてどこにもない。
「……無理……こんなの、勝てない……」
真帆の声がかすれる。
私は思わず真帆の腕を掴んだ。
「真帆、ダメ!そんな声、信じちゃ──」
「決断しろ。死ぬか、取引するか。」
魔物の足音が近づく。
洞窟の空気が震える。
「真帆、本当にやめて!こんなの絶対──」
真帆は私の手を振りほどいた。
その目は涙をこらえるように揺れていた。
「そうだとしても、今は信じるしかない!」
「真帆……!」
「……取引する!!」
「よし。契約成立だ。」
その瞬間だった。
真帆の刀が、ビキッ……と軋むような音を立てた。
金属ではなく、骨がねじれるような、生き物の悲鳴みたいな音。
刀身が赤黒く脈打ち、白い蒸気が噴き出す。
刀の表面に、血管のような“文字”が浮かび上がってくる。
あの五芒星の刻印が浮かぶ時のように、じわり、じわりと滲むように。
「ま、まさか……こ、この感触……」
魔物が後ずさった。
声は震えていたが、言葉の続きを飲み込んだ。
刀はさらに脈打つ。
ドクン……ドクン……と、真帆の手まで震わせるほどの力で。
そして──
真帆の頭上の数字が、突然跳ね上がった。
「……レベル1000……!」
私は真帆を見ながら叫んだ。
「2000……3000……!」
数字は止まらない。
洞窟の空気が震え、真帆の体から白いモヤが立ち上る。
レベルは──50Kで止まった。
真帆の目が真っ赤に光る。
刀と同じ色だった。
魔物は震えながら後ずさる。
「……や、やめろ……」
真帆は地面を蹴った。
一瞬で魔物の懐に飛び込む。
次の瞬間──
真帆が飛び上がって、魔物の首をはねた。
音はなかった。
ただ、空気が裂けた。
魔物の巨体が、ゆっくりと膝をつくように沈んでいく。
その倒れゆく影の中で、真帆の刀の赤黒い光がふっと弱まり、真帆の目の赤も、ゆっくりと、ゆっくりと薄れていった。
白い蒸気が消え、刀の脈動も静まっていく。
まるで“何事もなかった”かのように、元の姿へ戻っていった。
真帆はキョトンとした顔で言う。
「え?倒したの?」
私は叫ぶ。
「それより、取引!契約!」
その時、洞窟全体が震えた。
「契約は守ってもらう。」
野太い声が、洞窟の奥から響いた。
私は息を呑んだ。
私たちの命が、ほんのわずか先延ばしにされた──
そんな気がした。