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ガリ……ガリ……。
洞窟の入口を塞いでいた岩が、外側からゆっくりとずれていく。
「……え?」
真帆が小さく息を呑む。差し込んだ光の中に、レベル53の魔物の姿が見えた。
あの魔物だった。洞窟を指し示し、私たちをここへ誘導した張本人。
けれど今のそいつは、私たちを見る余裕もなく、怯えたように岩を押し開けている。
岩が完全に開くと、魔物は一瞬だけこちらを振り返った。
その目には、恐怖と後悔と──
“命令されたんだ、許してくれ”
とでも言いたげな色が浮かんでいた。
次の瞬間、魔物は荒野へ向かって全力で逃げていった。
私は確信めいた声でつぶやいた。
「……やっぱり、声の主の指示だ……」
その時、耳の奥に、どこからともなく声が落ちてきた。
「外に出ろ。」
逆らえば何かが壊れるような圧があった。
私たちは外へ出た。荒野の風が、洞窟の湿った空気を吹き飛ばしていく。
外の光に目が慣れたころ、洞窟の奥で“赤い光がふわりと浮かび上がってきている”のに気づいた。
反射的に振り返る。
洞窟の奥には、牛の頭を持つ魔物の巨体が転がっている。
そして、その体からサッカーボールほどの赤い光がふわりと浮かび上がっていた。
洞窟の闇を淡く照らし、その光が岩肌に揺れて、まるで血のように脈打って見えた。
その光景が、外に出た今になってじわりと蘇ってくる。
赤い光を見た瞬間、思い出す。魔物の頭上に浮かんでいた「+90」を。
10Kの数字にばかり気を取られていたけれど、今思い返すと、あれは──人間を九十人殺した魔物だった。
そして真帆のレベルは、あの時まったく変わっていなかった。
つまり、魔物を倒したのは真帆ではない。
真帆の“形をしている何か”だったのだと、ようやく理解できた。
その理解が胸に落ちた瞬間、耳の奥に“ひそり”と声が入り込んできた。
「封印を解け。」
真帆が息を呑む。その表情には、恐怖よりも“次の段階に入った”ことを悟った緊張が浮かんでいた。
「……どうやって?」
風が一瞬止まり、答えが聞こえる。
「お前たち、魔物召喚の儀式をやっただろう?その逆をなぞればいい。」
真帆が私を見る。
「奈月、覚えてる?」
「……うん。大丈夫。」
その短いやり取りだけで、互いの覚悟が伝わった。
「刀を地に刺し、儀式を始めろ。」
真帆は小さく息を吸い、「……わかった。」と呟き、鞘から刀を抜き、そのまま地面へ突き立てた。
刃が土を割った瞬間、空気が低く唸った。
私は刀の前に立ち、右手をゆっくりと持ち上げる。空中に指を走らせ、五芒星を“書き順を逆にして”なぞり始めた。
空中に描いた線が淡く光り、逆に辿るたびに空気がひやりと沈む。
五芒星が完成すると、光の輪郭が赤黒く脈打ち始めた。
続けて、私は召喚の時に唱えた呪文を、逆からひとつずつ口にしていく。
「……ザル=ケ……ルオ$……アケ#S……」
口にするたび、周囲の空気がゆっくりと重く沈んでいく。
その直後──
刀の周囲の空気が揺らぎ、白いもやが生まれ、ゆっくりと渦を巻き始めた。
最初はただの煙の塊だったものが、やがて“何かの輪郭”を形作り始める。
肩のような盛り上がり。
角のような突起。
人型に似ているのに、どこか歪んだ巨大な影。
次第に黒みを帯び、影が影としての重さを持ち始める。
空気が押し返されるような、確かな質量が“あるように見えた”。
その中心で──
赤い光がふっと灯った。
最初は一点の火種のように。
次の瞬間、それが“目”だと分かった。
私は息を呑む。赤い光がゆっくりと瞬き、そのたびに周囲の空気がわずかに震える。
(……これ……刀の中に……?封じられてた“何か”が……?)
黒が裂けるようにして“それ”が姿を現した。
語り継がれてきた“鬼”──
そう呼ぶしかない異形が、そこに立っていた。
二メートルをゆうに超える巨体。
ねじれた角。
岩のような赤い皮膚。
頭上にはレベル51K、そしてプラス表示には見たことのない文字が浮かんでいる。
その形はどこか古い梵字のようにも見えた。
その存在の周囲だけ、重力がわずかに歪んで見える。空気が沈み込み、景色がゆらりと揺れる。
鬼はゆっくりと首を回し、世界を味わうように息を吸い込んだ。
吸い込むだけで、荒野の空気が震え、低い轟音が地面を伝って足元に響いた。
「……千年ぶりか。」
にやりと笑っただけで、背筋が凍った。
「一応、礼を言っておく。」
私は思わず一歩下がった。真帆も息を呑む。
真帆は刀を取り、構えた。
鬼は、嘲るように鼻で笑った。
「その刀は、もうただの古びた刀でしかない。」
その言葉が胸に落ちた瞬間、私はようやく理解した。
(……この鬼……刀の中に封印されていたんだ……だから刀が震えた。導いた。全部……そういうことだったんだ)
真帆が生き残れた理由。
魔物たちが怯えていた理由。
刀が震え、導くように傾いた理由。
「洞窟に誘い込んだのも……レベル53を操って、あんたがやったのね?」
鬼は、冷たく顎をわずかに動かした。
私は息を整え、つながった因果を口にした。
「究極の選択をさせたのは……封印を解く契約を踏ませるため……」
鬼は低く笑った。
「それに封印を解くには、レベル100を超える人間が必要だったからな。だから少し力をわけてやった。」
真帆が眉をひそめる。
「じゃあ、レベル高い魔物を倒せばすぐじゃん?」
鬼は真帆を見下ろし、口の端をゆっくりと吊り上げた。
「人間は脆い。虫けらみたいにな。おれの力を開放すれば、お前なんぞ、触れた瞬間に肉片だ。だから“少しずつ”上げてやるしかないだろ?」
真帆は悔しそうに歯を食いしばった。
鬼は続ける。
「レベル100でようやく、おれの力に耐えられるからな。」
そして、わざと間を置き、にやりと笑った。
「……それでも意識は飛んだだろ?」
真帆の肩がびくりと震えた。
私は鬼を見上げた。
「で、結局……私たちをどうしたいわけ?」
鬼は空を見上げ、しばらく黙った。
風の音だけが流れる。
その沈黙が、逆に答えの重さを際立たせた。
ようやく鬼が口を開いた。
「おれは人間界に通じる扉を自由に行き来できる。人間界に行って……久しぶりに“憎悪”を味わってくるのも悪くない。」
私は息を飲み、少し考えてから言葉を落とした。
「……見逃してくれる……ってこと?」
鬼はにやりと笑った。
「千夏という人間を探しているんだろう?」
心臓が跳ねた。
「……見てたのね?」
「ああ。暇つぶしに、お前たちにつきあってやってもいい。」
真帆が私を見る。
「信じていいわけ?」
「お前たち次第だ。」
私は息を整えた。
「……にわかには信じられないけど。」
私は鬼を見据えた。
「ところで……名前は?」
鬼はわずかに目を細めた。
「名前?そんなものはない。人間は“鬼”と呼んでいるようだがな。」
真帆が私の肩をつつく。
「奈月、つけてあげなよ。」
私は鬼を見上げた。
巨大な角。
岩のような赤い皮膚。
呼吸するたびに空気がわずかに歪む。
恐ろしいのに、どこか不器用に立っている。
(名前……か。どんな名前が似合うんだろう)
角の形が、ふと動物の“つの”を思わせた。
そして、さっき見せた妙に素直な反応が、どこか丸い印象を残していた。
私は小さく息を吸い、言葉を選んだ。
「じゃあ……つの丸なんてどう?」
「えっ……つの丸!?」
鬼は少し考え──
「つの丸。悪くない。」
真帆は頭を抱えた。
「あんたたちセンス最悪……」
私は真帆の手を握った。
「行こう、真帆。」
「それと、つの丸もね。」
「ああ」
こうして私たちは──千夏を探す旅を、あらためて始めた。
私たちは、言わば“最強の用心棒”を手に入れた。ただ──相手は魔物だ。その事実だけは、決して変わらない。