「父さん、お話があるんです……。」
日本がそう言って連れてきたのは、やたらと背の高い「男」だった。それを目にした時、全く理解が追いつかず目眩がした。
俺は日帝。現代に生きる普通の社会人…ではなく、シングルファーザーである。日本がまだ大きくない時に妻は事故死してしま
い、以降男手ひとつで日本を育て上げてきた。もちろん、大変だった。俺の親は既に他界していて、義理の両親からは仕送りを求
められるだけで全く子育てを手伝ってすらもらえない始末。だから、仕事中の早退はよくあることで同僚にも迷惑をかけてしま
う。だがそんな中でもとにかく励みまくり、出世もした。義理の両親は未だにあしらえないままであるが。日本も今はイチ社会
人。私にいつでも仕事を辞めていいと言ってくれるし、優しい子に育ったなあと思う。そんなふうに日常を繰り返していた…ある
日。
「父さん、お話があるんです……っ、」
昨日、勢いでお酒を飲みまくったことによる二日酔いのおかげで、ベッドに寝そべっていたときだった。部屋の扉がすごい音を立
立てて開き、驚いて目をやると部屋境の溝を見て俯く日本が立っていた。普段何かと内気な息子。そんな彼がノックもせず扉をか
っぴらく。何事か、と思い日本にそう問い詰める。
「なんだ、どうした日本。」
日本は顔を赤らめる。もごもごと口を動かして、まるで何か秘密を打ち明けるようだ。十数秒沈黙が続いた。その静寂を破ったの
は日本だった。
「…あのっ、紹介したい人がいるんです!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は喉を声にならない声がのぼった。まさか日本から「それ」を聞けるなんて。親なら誰でも嬉しいもの
だろうが、俺は処理できない感情に陥った。ずっと苦労をさせてきた息子が幸せになれると思うと、泣きそうだった。
「そうなのか!良かったな、日本…!いつでも会わせて良いからなっ…!」
涙が溢れかけた目頭を擦る。日本の肩に手を置いた。いつの間にか自分より一回り大きくなっている。涙腺と口元が再び緩んで、
息子の肩で泣いてしまいそうになった。すると、俺が感傷に浸るのを遮るように声が上がった。
「…っ、お話、まだあるんですっ…!」
声が少し粗々しくて心臓が引き締まった。日本の肩は震えていて、我慢をしてるように見える。物凄く申し訳ない気分になって、
咄嗟に日本から離れた。
「すみません、父さん。」
「いや、俺が悪かった…、話を続けてくれ。」
鈍く笑った彼はまた話を始めた。
「あの、僕…その、お相手の方なんですけどっ…、実は、」
妙に歯切れが悪い。日本は滑舌は良い。「弁論大会」のようなもので昔優勝したのを今でも覚えている。まあそれほどに大切なこ
となのだろう。軽く微笑みながら回答を待った。
「男…なんです。」
どぎ、と心臓が鳴った。日本の相手は男。いわゆるゲイというやつだろうか。全く知らなかった。いや、そういえば日本が女性と
付き合ったという話は聞いたことがない。失礼だが、モテないのかと冷たい視線を送ってしまっていた。そうではなかったのか。
気づかず迷惑な話を吹っかけていたかもしれないと反省すると同時に、目の前の事象に手を組んだ。こういう場面で、フツーにこ
だわる親ならば駄目と言ったかもしれない。だが、俺は日本に幸せになってほしい。それがどんな形でも良いのだ。電話越しに日
本が惚気話を聞かせてくれるような、幸せな相手なら。
「そうなんだな。また会わせてくれ、俺は嬉しい。」
「え、怒らない…んですか?」
日本は困惑しているようだった。彼には私が頑固者に見えていたのか。
「怒らないに決まってるだろ。応援してるからな!」
「あ…!その、実は、えっと、」
また歯切れが悪くなる。よほど焦っているのかもしれない。
「今日…連れてきてるんですッ!会ってください!」
「えぇ!?行動が早いな!」
まさか報告当日に本人を連れてくるとは。我が息子は慎重派かと思っていたがそうでもないらしい。俺が断ったら直談判でもした
のか、と苦笑した。けれども善は急げという、日本の行動は間違っていないだろう。
「いや、その、相手が付いてきたいって聞かなくて、」
「ふふ、まあ良いぞ。家の前にでもいるのか?入ってもらえ。」
「あ、え、その……、」
また、もごもごと口ごもる。さすがに苛ついたが、そんなところも可愛いと思ってしまうのは、親という性分のせいだろうか。大
方俺に当てられてドギマギしているのだ、と思い玄関に足を走らせようとしたその時だった。
「あ、俺開けてくるーーー」
「こんにちは!!お義父さん、日本とお付き合いさせて頂いてます、アメリカです!!」
違和感しかない敬語を話す大男が部屋に入ってきた。背筋がヒヤッとして大声をあげそうになる。羞恥、それを守るためなんとか
声を抑えて落ち着きを気取った。
「アメリカさんというのか。息子をよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします、こちらこそ!」
屈託のない笑顔をこちらに振りまく男。日本よりかなり年上のようでなんだが安心して、ふらりとよろけてしまう。
「あ、」
ベッドの角に頭を打つことを覚悟して数秒が経ち、目をそっと開けるとアメリカの腕に抱き止められいた。ああ、この男が庇って
くれたのか。感謝しかなく、お礼を言おうと男の顔をじっと見つめたとき。俺は気づいてしまった。
「えっ………」
すく、すく、と言葉が通り抜けていく。何も言えなかった。
「大丈夫っすか、お義父さん。」
男は優しく俺をベッドにおろす。そのときの自分の中では、ただただ一つの感情が渦を巻いていただけである。
「ちょっと、アメリカさんっ、」
「ん?なんだ、日本。嫉妬しちまったか〜?」
「うっ、うるさいですよっ!」
二人が側で仲睦まじい会話を交わす。気づかなければ、ほっこりとただ彼らを見つめていたのだろう。だが、俺の視線は棚の上の
家族写真にあった。日本が9歳のとき。妻は、交通事故で呆気なく死んでしまった。彼女は歩行者で、車の方が信号無視をしてい
たのだ。確か、それの運転者は、当時18歳の「アメリカ」。
目眩がした。
「…っ、ではお義父さん、これからよろしくお願いします!」
俺の思案を打ち消すように男が割り込む。頭には、ひとつの疑問が浮き上がった。この男は、わかっているのだろうか。
たとえ俺にとってのかけがえのない妻、日本にとっての唯一の母を殺した相手だとしても。2人が分かち合っているのならば、親
として見守っていてやりたいのだ。幸せを作ってほしい、妻の分まで。ーーーそんな軽い気持ちで、行動に出てしまったことを、
俺は一生後悔すると思う。
「アメリカさん…、少し話があるのだが、後日予定を空けておいてくれないか?」
「いいですよ、勿論ですお義父さん!」
あまりにも濁りのない笑顔が、少し不気味に感じられた。
【ーー月ーー日 ーーー時頃
日帝さんのご遺体が自宅にて発見されました。】
コメント
4件
ヤっちゃったのかな…!?
続きが気になる、、、✨