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じっと足音が遠くへ行くのを待つとベッドから降り、部屋の中を散策して回った。
散策と言えるほど広くはないが狭くもない。部屋に飛び散っている血痕はやはり生々しく不気味だった。とは言えども自身も何回かしたことはあるので慣れればそれほど怖くはないが、自分から進んで凄惨な過去を持つ空間に長く居たいとも思わない。ベッド下には特に何も落ちておらず、ベッドから正面にあるソファーもいたって普通だった。
「……硬い」
座ってみたが硬い。それ以外は特に何もなかった。ソファーに横たわると少し太陽を浴びたような匂いがした。おそらくこれは元々日の当たるような場所に置いてあったんだろう。しばらくすればこの匂いも消えてしまうのかと思うと寂しいものがあった。
「……太陽…」
(そう言えば、カーテンがあったな……)
目線をベッド横のカーテンへと移す。もしかしたら窓があるかもしれないと思い、そっと近づくとカーテンを恐る恐る開けた。
「……は?」
壁だった。カーテンはあるものの、それだけであって、そこには壁が重々と佇んでいた。予想外の物があり、一瞬思考が停止する。
「……なんでこんなもん……ん?」
よくみると壁には小さな穴が空いていた
「はぁ」
深くため息をつき、意味のないカーテンを閉めて重くなった腰をソファーへ下ろす。出られない。その事実が重く背中にのしかかる。イタリアは今どうしている?飯は?洗濯は?そもそも無事に帰れたのか?などといった疑問が頭を、胸を、全身を掻き乱した。
「……扉」
スペインが出て行った方向。鉄の扉。厳重で重たそうなそれは明らかに出れない、出させないと言った強い意志を感じた。開くはずはないだろうが、やってみなければわからない。もし仮にスペインが鍵をかけ忘れていたとしたら……?少しは勝機があるんじゃないか?
ソファーから重たくなった足を床へ置いて、扉へ地面の温度を感じながら、酷く冷たく固いそれを踏み締めて歩いた。
扉へ恐る恐る手を伸ばす。ドアノブを深夜、子供が大人に夜更かしをしていることを悟られない様にゆっくりあげる緊張感とよく似ていた。最もそれよりも緊迫的な状況なのは確かだが。
ゆっくりとドアノブを回す。わずかな音が静寂に響き渡った。
(開いた……!)
全くもって盲点だった場所が開いた。これで、イタリアにまた会える。なんとかここを逃げ出せば、また彼に会える。鼓動が煩く脈打つ。音を立てないように、慎重に自分が出られるスペースを確保しようと開ける。
(早く、早く、早く……!)
たった数秒の間ですら惜しい。
(開いた!!)
薄暗いが、地上へと続く階段が見える。壁をつたって転ばないようにゆっくりと登っていく。階段は思ったよりも長く、少し息が上がっていた。
ついにあの長い階段を登り終える。そこは普通の民家のような場所だった。昼にしては薄暗く、窓からは黄金の光が漏れている。ここがどこかはわからないが早く出ないと直ぐに日は暮れる。何か物を物色している暇はない。玄関口の扉に手をかけた。
「開かへんよ?」
ぞっと背中の毛が逆立つのがわかった。先ほどとは比べ物にならないくらいの心臓の音が鳴り響いた。頭の中ではうるさいほどに警告音が鳴っているのに、この身は今一つ行動を起こそうとしない。あのと男足音がゆっくりと近づいてくる。肩にあいつの手が置かれ耳元で囁き声が聞こえてきた。
「なんで逃げるん?」
優しい声色でそう囁いてはいても、喉の奥には、腹の底からは、今にもどす黒く濁った執着心のようなものがずっと立ち昇ってきそうだった。
「俺、ちゃぁんと、あの部屋で待っとくようにゆうたやんなぁ?」
肩に置いてあった手が爪を立てて鷲掴む。
“chico malo‼︎(悪い子だ‼︎)”
ゴッと衝撃音が聞こえた後は何も覚えてない──