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小市――まろは、放課後の体育館でぼんやりとボールを見ていた。
トスが上がる。
スパイクが決まる。
歓声が上がる。
その一連の流れを、少し離れた場所から眺めている。
「まろー、次いける?」
「いけるいける」
ゆるい返事。
長身で細身。
たまに「爪楊枝」とか言われるけど、本人はあまり気にしていない。
(まあ、刺さりはしないしな)
どうでもいいことを考えながら、コートに入る。
レシーブ。
ちょっとズレる。
「あ、ごめん」
「いいっていいって」
怒られない。
特別上手いわけでも、特別下手なわけでもない。
ただそこにいる。
それが、まろだ。
◇
帰り道。
夕焼けの中を、ひとりで歩く。
スマホも見ず、音楽も流さず、ただ歩く。
(……今日も普通だったな)
別に不満はない。
でも、少しだけ思う。
(なんか一個くらい、変なこと起きてもいいのにな)
漫画みたいなやつ。
非日常。
まあ、起きないけど。
そんなことを考えていた、そのとき。
「……ん?」
足元に、何か落ちている。
黒い、四角いもの。
拾い上げる。
「……リモコン?」
ボタンは一つだけ。
□(停止マーク)
「……地味だな」
とりあえず、押してみる。
カチッ。
◇
風が、止まった。
「……え?」
目の前で揺れていた木の葉が、ぴたりと止まる。
遠くの車も、人も、全部。
音も消える。
完全な静止。
「……うわ」
思わず声が出る。
でも、その声だけがやけに響く。
「……マジで?」
周りを見回す。
誰も動かない。
時間が止まっている。
漫画みたいな非日常。
「……えー……」
困ったように頭をかく。
でも、ちょっとだけ考える。
(これ、何すればいいんだろ)
お金を盗む?
イタズラする?
いや。
「……めんどいな」
ぽつりと呟く。
特にやりたいことが浮かばない。
そもそも、そんなに欲もない。
とりあえず、歩く。
止まった世界の中を。
誰もいないみたいで、でも誰かがいる不思議な感覚。
少しだけ、非現実。
でも。
「……なんか、静かすぎて落ち着かないな」
まろは、リモコンを見た。
□
もう一回押す。
カチッ。
◇
風が動き出す。
音が戻る。
世界が、普通に戻る。
「……あ」
思わず、ちょっと笑った。
「なんだ、これでいいじゃん」
特別なことはしない。
できるけど、しない。
その方が、なんか自分っぽい。
リモコンをポケットに入れる。
また歩き出す。
◇
翌日。
体育館。
「まろ、ナイス!」
「おー、ありがと」
たまたまいいレシーブが決まる。
ちょっとだけ嬉しい。
でもそれ以上でもそれ以下でもない。
休憩中、ぼんやりとコートを見る。
ボールがゆっくりと落ちてくる。
――その瞬間。
カチッ。
無意識に、ポケットの中でボタンを押していた。
ボールが、空中で止まる。
「……あ」
少しだけ、考える。
このままなら、絶対拾える。
ナイスプレーになる。
ちょっとカッコいいかもしれない。
でも。
「……まあ、いっか」
もう一度押す。
カチッ。
時間が動く。
ボールは普通に落ちる。
まろは少し遅れて動いて――
ちょっとだけミスする。
「あ、ごめん」
「ドンマイ!」
いつものやり取り。
変わらない空気。
それを見て、まろは小さく笑った。
(これでいいな)
ポケットの中のリモコンは、静かにしている。
使えば、非日常。
使わなければ、ただの普通。
どっちも選べる。
でも、まろは今日も。
普通の方を、なんとなく選ぶ。
――何も起きない日を、ちゃんと過ごすために。
#誕生日
かんすい
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