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第二章:気にも留めなかった、その少年
「……また、あの人か」
山中での任務。結花は隊士たちが戦った後の現場整理に向かっていた。
死臭の残る風の中、いつも通り淡々と遺体の処理をしていると、また彼がいた。
――時透無一郎。
柱でありながら感情の読めないその少年の存在に、最初こそ驚いたものの、今ではよく任務先で顔を合わせるようになった。
とはいえ、彼に特別な感情を持ったことはなかった。
正直、「関わりたくない人」という印象だった。
冷たい、無表情、会話もほとんどない。
それに――あの目が嫌だった。まるで、全部見透かされているようで。
結花は刀も持たず、戦う力もない。ただの隠(かくし)。
隊士たちのような強さも、熱も、誇りも持ち合わせていない自分とは違う世界の存在。
だから、彼を見ても何も思わない。そう思っていた。
ある夜の任務先、偶然の遭遇
その日も、山間の村での後処理だった。だが、異変はすぐに起きた。
日没直前、まだ鬼の気配が残る村にひとり残っていた結花の背後に、ひたひたと足音が忍び寄る。
「……っ」
振り向いた瞬間、真っ赤な瞳と目が合った。
背筋を凍らせる鬼の気配。小柄だが爪が鋭く、跳躍力のあるタイプ――逃げ場はない。
結花は逃げる間もなく、鬼に押し倒され、腕に深い傷を負った。
(終わる……ここで、また――)
あの日と同じ絶望が、頭を過った。
――過去の回想:あの夜の惨劇
「ゆいか、早く逃げなさい!」
母の声。兄の叫び。父の剣戟。
全てが一瞬で鬼に引き裂かれた。目の前で家族が血に染まり、結花はただ床に膝をついて泣くだけだった。
「なぜ私だけ生きてるの……」
あの日から、感情を封じ、心を凍らせ、ただ「役目」を果たすだけの存在になった。
でも――その夜、今度こそ、命は尽きる。そう思った。
しかし、その瞬間
「……下がってて」
霞のように音もなく、誰かが間に入った。
薄い隊服の裾が、夕日で柔らかく揺れる。
――時透無一郎。
「君、また無茶してるね」
無表情のまま、無一郎は日輪刀を抜いた。結花の目の前で、鬼の爪を一太刀で断ち切り、体を滑らせるようにして斬撃を放つ。
刹那。鬼の体が宙に跳ね、音もなく崩れた。
「ケガしてる。動かないで」
静かに、そう言った彼が、結花の腕に自分の羽織をかける。
(あったかい……)
それだけで、張りつめていた心の糸が、一瞬緩んだ。
「なんで……助けてくれたの」
思わず漏れた言葉に、彼は小さく首を傾ける。
「……困ってる人を放っておけないから。理由はそれで十分でしょ?」
結花は何も言えなかった。ただ、心の中に何か小さなものが芽吹いた気がした。
霞のように淡い感情。けれど確かにそこにあった。
その夜
夜明け前、治療のために本部に戻された結花は、ぼんやりと窓の外を見ていた。
今まで彼のことなど気にも留めなかった。関係のない人だと思っていた。
でも――
「私……あの人のこと、知りたいかもしれない」
そう口にしたとき、胸が少しだけ熱くなった。