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第三章:感情の芽生えと再会
それから数日。
結花は本部で静養をしていた。傷は思ったよりも深かったが、命に別状はなかった。
ただ、傷よりも彼女の心に残ったのは――無一郎の言葉と、あのまなざしだった。
「……困ってる人を放っておけないから」
その言葉は、どこまでもまっすぐで、嘘がなかった。
そして、彼があのとき結花を見ていた瞳は、冷たいものではなかった。
無表情で、無関心そうに見えた彼の中に、実は深い“想い”があることを知った。
(……知りたい。もっと)
結花の中に、そんな気持ちが芽生えていることに、彼女自身が一番驚いていた。
数週間後 ― 再会
「結花、まだ回復途中だろ? 今回の任務、無理すんなよ」
仲間の隠がそう声をかけてきた。
だが結花は、小さく頷いただけで、馬を降りた。向かったのは山間の村。鬼の痕跡が再び現れたという報告があった場所だった。
村の入り口に足を踏み入れたそのとき――
「……また君か」
振り返ると、霞柱・時透無一郎がそこにいた。
風に揺れる髪、無表情な顔。しかし目元がどこか柔らかく見えた。
「……また、って……よく会いますね」
思わず、結花は小さく笑った。それは、自分でも驚くほど自然な微笑みだった。
無一郎も、一瞬だけ眉を緩める。
「君、怪我は?」
「もう、平気です。あのときは……助けてくれて、ありがとう」
無一郎は、ふっと目を伏せてから、ぽつりと呟いた。
「君が死ぬのは、嫌だったから」
その言葉が、結花の胸の奥に静かに、でも確かに響いた。
無一郎が誰かを「失いたくない」と思ったこと、それを口にすること――それがどれほど稀で、大事な意味を持つか、彼女にはなんとなくわかった。
そして、任務が始まった。
新たな鬼との戦い
今回は、村に潜む二体の鬼が相手だった。
一体は知能が高く、村人の姿に擬態していた。もう一体は、俊敏で影のように動く鬼。
無一郎は擬態の鬼に狙いを定め、結花と他の隠は村人の避難と後処理を担当していた。
だが――もう一体の鬼が、突如として村人の避難列に襲いかかってきた。
「危ないっ!」
隠の一人が倒され、結花がとっさに体を張って庇う。肩に爪が食い込み、視界が赤く染まる。
(また……私、一人じゃ何もできない……)
そんなときだった。突風のように影が通り抜けた。
「……下がってて。君は死ななくていい」
無一郎だった。前回と同じ言葉。しかし今のそれは、どこか違って聞こえた。
彼は鬼を斬る。迷いなく、静かに、そして確かに。
その背中を見ながら、結花は初めて――「守られること」に、悔しさではなく「温かさ」を感じていた。
戦いの後、沈む夕日
任務を終えた後、無一郎と二人きりになった結花は、ふと問いかけた。
「……どうして、そんなに冷たい顔をしてるのに、優しいんですか?」
無一郎は少しだけ考えるように黙ってから、静かに言った。
「昔のことは、ほとんど覚えてない。でも……人が泣いてる顔とか、寂しそうな声だけは、なぜか胸が痛くなる。君のことを初めて見たときも、そうだった」
結花の心が、ふるりと震えた。
霞のように淡い感情は、もはや揺らぎではなく、確かな想いとなって彼女の中に根を張り始めていた。
(この人のそばにいたい。もっと、知りたい)
そう思ったのは、初めてだった。
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