-—-世界の最果てにて—–
「……ん。黒竜の反応が増えたのです? これは……」
白髪の少女がつぶやいた。
彼女が言う黒竜とは、もちろんイリスとディノスのことである。
イリスの強大な気配は、卓越した探知能力を持つ者であれば遠方からも感知できるものであった。
そして、【ドラゴノイア】により竜化したディノスの気配はイリスのそれと酷似していた。
「……妙なのです。イリスさん以外の黒竜は死に絶えてしまったはずなのに……」
少女がそうつぶやく。
イリスの種族名はレッドアイズ・ブラックドラゴンだ。
それを知るものは世界広しといえどもほんの一握りの者しか知らない。
少女はその内の1人であった。
「……イリスさんと交配できるような雄竜がいたのですか。面白いことになりそうな予感がしますね」
彼女は青い目を細めつつ、口元に笑みを浮かべる。
これから起こる騒動を期待しているかのように……。
「……ボクも行ってみることにするのです。ボクの種族は滅亡を待つだけかと思っていましたが……。これは光明が見えてきました……」
少女がそうつぶやく。
彼女の種族は、滅亡寸前であった。
彼女が最後の1人である。
男性が死に絶えてしまった今、座して絶滅を待つしかないと諦めていたところだったのだ。
「……待っていなさい。黒竜イリス。そして名も知らぬ……ボクの旦那様……」
彼女はそう言って、白い翼を広げた。
青き瞳を持つ、白き竜。
月明かりを浴びて、その姿は幻想的に輝いていたのだった。
—–バーンクロス家の邸宅にて—–
「お姉様が高校に入学されて、もうすぐ一年ですわね……」
オレンジ色の髪の美少女がそう呟く。
彼女はフレアの妹である。
年齢は一歳差。
フレアが第二学年に進級するタイミングで、彼女は高校に入学することになる。
「もうすぐです。もうすぐで、わたくしもお姉様と同じ学校に……」
彼女は学校には通っていない。
貴族の子女は、学校に通わずに家庭教師で済ませることが多いのだ。
人魔高等学園ミリオンは、例外的な存在だと言える。
あそこは世界各地から有望な者をスカウトして、一流の教育を施すために作られたものだ。
「待っていてくださいまし。お姉様なら首席での卒業間違いなしでしょうが、万が一ということもあります。わたくしが後輩として入学すれば、サポートも可能ですものね」
妹はまだ、姉のフレアがどんな学園生活を送っているかを知らない。
もちろんフレアから手紙による連絡は行われているのだが……。
ディノスによってセクハラの限りを尽くされたことなど、報告しようもない。
そのため、妹はフレアが首席合格者として順風満帆な学園生活を送っていると信じ切っていた。
「まずは入学試験ですね。筆記は問題ないでしょうが、実技はどうでしょうか? やはりここは、お姉様に恥をかかせないためにも、しっかり対策を取らねばなりませんね」
彼女はそんなことを呟きながら、自室にて今後の対策を練り始める。
そうして夜は更けていったのだった。
—–北方の街ノースウェリアにて—–
「うー。寒い寒い」
少女がそう呟きながら、焚き火に手をかざす。
雪国に住む少女らしい、防寒具に身を包んでいる。
「ですが……。これでもここ最近は、ひと回り過ごしやすくなりましたね」
同じく焚き火に当たながら、女性がそう言う。
「そういえばそうだな。あの不思議な雪が降った日を境に寒さが和らいできたような気がするよ」
「えぇ。それにしても、不思議ですよねぇ。なんで急に気温が上がったのでしょう?」
「さぁ? 神様の気まぐれじゃねえか? 魔法でも天候操作は可能だが、さすがにこの規模の魔法はな。それこそ、伝説の竜種や魔王様でもないと」
少女がそう言う。
何気なく呟いたその内容は、実はまさに的中している。
少し前に降った不思議な雪の正体は、ディノスとイリスのまぐわいにより上空に放たれた水分が結晶化して雪となり降り注いだものなのだ。
強い魔力を持ったその雪は、人々の願いに触れて様々な事象を誘発する。
この寒冷なノースウェリアにおいて、それは気温の若干の上昇という形で現れたのだった。
「……ところでよ。あなた、そろそろ入学試験の日付が近づいてきているのではありませんか?」
「おっ。よく知ってるじゃねえか。その通りだぜ。仕上げはバッチリさ。あたいの格闘術で他の受験者をフルボッコにしてやんよ」
少女がそう言って、拳を突き出す。
「さすがは”氷結の戦士”と呼ばれるだけはあります。街の期待の星ですね。期待していますよ」
「へっ! おだてるんじゃねえやい!」
2人が笑い合う。
「見てろよ……。”流水の勇者”シンカめ……。勝ち逃げは許さねえ」
少女がそう呟いて、空を見上げる。
今なお微かな魔力を含む雪が、静かに舞い落ちていたのだった。
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