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「芽衣さん。ごちそうさまでした。俺、そろそろ帰ります」
部長の言葉を聞いて、良かったと胸をなでおろす。
「その前に話があるんです」
「はい」
帰ってくれる目途が経って良かったと思いながら、彼の隣に座った。
「二度目の告白になりますが。俺、芽衣さんのことが好きです。恋愛って興味がなかったけど、芽衣さんの笑っている顔が好きです。俺と付き合ってください」
「えっ?」
朝霧部長の告白は、からかったり、嘘をついているように感じられない。
だけど、何度も伝えてはくれたが、私のどこが良いのかわからない。
それに私は恋愛に興味がないし、これからも一人で生きていく覚悟はできている。
さっき断わったはずなのに。
「ごめんなさい。私、恋愛に興味がないんです。それに私のどこが良いのか、理解できません。マイナスなところしか思い浮ばない」
その時、急に一瞬嫌な記憶を思い出して、心が痛くなった。
「ごめんなさい」
ペコっと頭を下げる私に
「わかりました」
納得してくれたようだ。
けれど
「さっき話した通り、友達からはじめましょう。焦ってしまってすみません」
朝霧部長に前向きな提案をされ、戸惑う。
一向に引かない、友達なら良いってさっき言っちゃったし。
それにこの人はこれから上司になる人だ。
会社が同じになったら、友達とか言っていられなくなる。
それに、部長のこのスペックだったら絶対にモテる。私のことなんてすぐに忘れてくれるだろう。
「はい。友達で」
ここは素直に受け入れた方が話が早く終わりそうだ。
朝霧部長はフッと笑ってくれた。
「あ、芽衣さん。髪の毛になにかついてます……」
部長が私に手を伸ばした時だ。
「いやっ!!」
男の人の大きな手が目の前に迫った瞬間、急に拒否反応が起こり、部長の手を強く振り払ってしまった。
「芽衣さん……?」
ただ髪の毛のゴミを取ってくれようとしただけなのに、過剰な反応になる。
それに過去の記憶が甦って
「すみません。気にしないでください。部長が嫌だってわけじゃなくて」
はぁと息を吐いて落ち着かせた。
「私、昔、父親から虐待を受けていて。それがきっかけで、子どもの時からコミュニケーションが苦手で。話すと怒られていたから。男性というよりか、人が怖いんです。それと違って、動物は裏切らないから」
だから私は癒しを求め、猫カフェに通っている。動物は悪気はないし、裏切ったりはしない。
「こんな面倒な人より、普通の子を好きになった方が良いですよ」
ハハっと笑ってみせた。
こんなこと、話すつもりはなかったのに。
「そうだったんですね」
ああ、私のせいでこんな空気になっちゃった。
「話してくれてありがとうございます。芽衣さんのこと、知ることができて良かったです」
朝霧部長、プラス思考だ。
「芽衣さんは自分のことを普通じゃないと思っているかもしれませんが、俺にとっては素敵な女性です。それに普通という表現にはいろんな形がありますから」
褒めてくれているの?それとも慰めてくれてる?
「ありがとうございます」
とりあえず、お礼を伝えておこう。
部長はタクシーで帰って行った。
「また洋服、返しますね。明日から会社でもよろしくお願いします」
そうか、明日から朝霧部長と同じ職場なんだ。
あの人が社内にいるって考えると、なんだか不思議な感覚だ。
ああ、疲れた。
こんな日になるなんて思わなかったな。
入浴を済ませ、早めに休もうと思っていた時、スマホがピコンと鳴った。
どうせ何かのダイレクトメールだと思ったが、相手は朝霧部長だった。
帰る間際、連絡先を交換したんだっけ。
タップすると
<今日は、ハンバーグおいしかったです。ありがとうございました。ゆっくり休んでください>
至って驚くことがないような、挨拶程度の連絡だ。スタンプだけ押して返信をした。
上司にスタンプだけって失礼かな。
いや、このやり取りや今日のことはプライベートだって朝霧部長は言っていたから。
まぁ、いいか。 考えるのも疲れた。
次の日――。
出勤し、自席に座る。
なんとなく社内がざわついていた。
新しい部長が来るって話だから、みんなソワソワしているんだろう。
私はどんな顔で会ったらいいの?
知らない人のフリ?
朝霧部長に事前に聞いておけば良かったな。
そうだ、広報。 一から作っている途中だった。
早く提出しないと。
まだ引き継ぎで、煩い方の部長はいるはず。嫌味を言われるに違いない。
パソコンを開き、内容を確認している時だった――。
現部長と朝霧部長が二人でブースに入ってきた。
「ええっ、かっこ良い!」
コソコソと話しているつもりだろうが、朝霧部長を見て、テンションが上がっている女性社員が何人もいる。
朝礼が始まり
「朝霧です。今日からこちらで部長を務めることになりました。よろしくお願いいたします」
朝霧部長が簡単な挨拶をすると、パチパチパチと拍手が起こった。
つられて私も手を叩いてしまったけれど。
たしかにカッコ良い。
スーツは着こなしているし、メガネも似合っていて、清潔感もある。
だけど、昨日会った部長とは、雰囲気が違う。
大型犬みたいな忠実な人だと思っていたけれど、今日は威厳があるような。
彼を取り巻く空気感が違うと言うか……。