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窓の外で揺れる黒い手を見つめながら、アーサーの胸は早鐘のように打っていた。
「あの……あれは一体……」
言葉が震える。影は、今にも窓を突き破りそうなほどこちらを見つめている。
「チビのアーサー、変わらないんだから……」
囁く声は、過去の記憶を引きずり出すように胸に響いた。
思わず息を飲む。もうこの呼び方で自分を呼んでくれる人はいないはずなのに。
窓の外に、黒く歪んだ影が揺れていた。
最初は烏かと思った。でも、違う――手のように細長く伸びた影が、こちらに向かって振られている。
寒気が背中を這った。
「全然変わらないわね〜全く、チビのままじゃないの。
声の主は影の向こうに立つ、かつて見知った人のような存在。
その喋り方――昔、もう誰も呼んでくれないはずの、あの頃だけの遠い思い出。
なのに、今、目の前の黒い影はそれを口にした。
心臓が早鐘を打つ。窓ガラス越しの影は、にやりと笑い、指先の先で微かにこちらを指す。
「…..覚えてないの?チビのアーサー……悲しいなぁ…
言葉の響きに、過去の記憶が蘇る。暖かくも痛い、遠い日の夕暮れ。
しかし窓の外の影は、もうあの人ではない――目の奥に潜むのは、黒く歪んだ存在。
けれど声はあの頃と同じで、どうしようもなく懐かしく、そして恐ろしい。
息を呑み、窓の外を見つめると、影はすっと近づき、窓ガラスに手を押し当てた。
冷たく濡れた感触が、指先を伝って胸にまで届く気がした。
「……おい、アーサー」
今度は少し低い声、柔らかく響く囁き。
振り向けば、部屋の影からロヴィーノが現れ、薄笑いを浮かべている。
「全然変わってねぇなぁ、全く。チビのままじゃねぇか」
その瞬間、理解した。
窓の外の影も、そしてこの部屋の中の存在も――過去と今、現実と異界の境界が、今まさに揺れているのだと。
窓の外で揺れる黒い手が、今にもこちらに伸びてくる。
そして誰もいないはずの呼び方で、呼ばれてしまった。
「……アーサー?」
背後から低く笑う声。振り向くと、ロヴィーノが立っていた。
「全然変わってねぇなぁ、全く。チビのままじゃねぇか」
ロヴィーノの目は冗談めいているのに、どこかぞくりとする冷たさが混じっていた。
その瞬間、窓の外の影がゆらりと揺れ、手を伸ばす。
「あ……!」
影は、窓ガラスを突き破るかのように迫る。
アーサーは体を引くが、次の瞬間には目の前の景色が歪み、世界が揺らいだ。
気づけば、二人は知らない街角に立っていた。
空は深い藍色に染まり、建物の影は歪み、歩道には黒い霧が立ち込める。
「ここ……どこだ……?」
アーサーの声は震えた。足元の霧が絡みつくようで、前に進むのも一苦労だ。
「影の世界さ」
ロヴィーノは軽く肩をすくめ、薄笑いを浮かべた。
「ほら、チビのアーサー。あの影が呼んでたんだろ?」
窓の外で揺れていた黒い手――それはもうただの手ではなく、世界の境界に生まれた異形の存在だった。
ゆらゆらと揺れる黒い影が、二人をじっと見つめる。
「さあ……どうする?」
ロヴィーノの声に、アーサーは目を逸らすしか出来なかった
影に引き寄せられるように、二人の方へ、黒い霧が引き込んで行く
アーサーは思わず目を凝らす。
黒い影――手のようなものが、空中に漂い、じっと二人を見つめている。
ただの影ではない。形を変え、蠢き、時折人間のような腕や顔がちらりと現れる。
それはまるで、過去の記憶や後悔、呼ばれた名前の重みを形にしたもののようだった。
「……あの頃、僕を呼んでくれたのはもう誰もいないはずなのに……」
アーサーの胸がぎゅっと締め付けられる。
影の声は甘く、懐かしく、しかしどこかぞくりとする冷たさを帯びていた。
「……どうすればいいんだ……?」
アーサーの問いかけに、ロヴィーノは薄笑いのまま足を踏み出す。
「進むしかねぇだろ。逃げたところで、あの影はついてくる」
霧の中を歩くと、建物の影がねじれ、通りは無限に伸びる迷路のようになった。
振り返ると、黒い手はいつの間にかいくつも増え、二人の後ろに漂っていた。
そのたびに囁き声が聞こえる。
「チビのアーサー……変わらないな……」
「変わってないなぁ……」
アーサーは恐怖に震えながらも、どこか懐かしく泣きそうなその声に、気持ちが胸に芽生えるのを感じた。
過去に自分を守ってくれた人、笑ってくれた人の影が、この世界に取り込まれているのかもしれない――。
「大丈夫、俺がいる」
ロヴィーノの低い声が耳に届く。
アーサーは安心感と恐怖が入り混じる中、ぎこちなく頷いた。
そして二人は、霧に飲まれるように、影の世界の奥深くへと歩を進める。
窓の外で揺れていた黒い手の囁きは、今や耳元で響く。
「チビのアーサー……変わらないんだから……」
逃げられない、でも振り返ると懐かしい……そんな世界で、二人の冒険は今、始まったのだった。
背後で、黒い手が揺れ続ける。
そして囁く――もう戻れない世界で、昔の呼び方で名前を呼ぶ存在が、確かにそこにいるのだと。