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――ゲンは高らかに笑っていた。
「大丈夫なんじゃろうな、ゲンよ……。」
ヤンガは腕を組み、深い皺を刻んだ顔でそう言った。
これまでに失ったものが多すぎたヤンガは、村長であるその責任を自分が背負っていると感じていた。
「爺さん、大丈夫だ。今回の狩は、なにも怪物を狩ろうってわけじゃあねえ。でかい魚さ。」
「お主のう……。まあ、お主が出来ると言うなら信じておるが、一人でも欠けたら――。」
ヤンガはゲンを睨みつける。
「――わしは、お前を許さんぞ。」
「わかってる。」
ゲンは真っ直ぐに目を返した。
「爺さん、それは俺の命を賭けて……いや、必ず全員守る。」
その言葉に、ヤンガは小さく鼻を鳴らしただけで、それ以上は何も言わなかった。
◇
集まった村人たちは、北東の水源地近くで野営をしていた――。
前回のバガール討伐に出た狩猟班とは違い、今回は経験値にばらつきのある構成だった。
だが、人数が少ない分、動きは軽い。
ゲンは先頭に立ち、地形を見極めながら進軍する。
「大型の痕跡あり。右に回れ。」
「足元、落ち葉の下は湿地だ。踏み込むな。」
その的確な指示に、村人たちは無駄な混乱もなく従っていた。
「しっかし、ゲンの旦那は指揮が上手いっすね。」
サブが感心したように言う。
「途中で|装岩虫《ダンガンムシ》の群れが出た時は、もう終わったかと思ったっす。でも一瞬で陣形を組み直して……最後は旦那が形態変化で一刀両断。あんな硬いの、ゲンさんしか切れませんっす。」
「褒めても何も出ねえぞ。」
ゲンは肩をすくめた。
その後、一行は水源地へと辿り着く。
幅広の川。流れは緩やかだが、ところどころ水面が不自然に揺れている。
「……いるな。」
ゲンが低く言った。
「シクティスだ。群れで来る。」
作戦の確認が行われる。
両岸に村人たちが伏せ、ツルで織り込んだ網や、形態変化で作った銛状の武器を構える。
そして――。
「ソウ!!」
「……わかってるよ。」
ソウは一歩前に出た。身体を変化させるよう、頭の中で強く思考する。
(宿れ、フライバエ……。)
次の瞬間、体が軽くなり、背中から羽音が広がる。
フライバエへの形態変化。
ソウは低空を飛び、川の中央へ向かう。
あえて高度を落とし、片脚を水面へと浸した。
(来い……。)
水中に影が走る。
次の瞬間、水面が爆ぜた。
巨大な魚影が跳ね上がり、鋭い歯が脚へ迫る。
「――っ!」
ソウはギリギリで脚を引き抜き、空へ跳ねた。
「今だァ!!」
ゲンの号令と同時に、村人たちが一斉に飛び出す。
網が投げられ、銛が突き立ち、数匹のシクティスが岸へと引きずり上げられた。
「やったわ!」
「よっしゃあ!」
「捕れたぞ!」
水源地に歓声が上がる。
ソウは荒い息を吐きながら着地した。
(……模擬戦、ね。)
脚が、まだわずかに震えていた。
◇
十分な量を確保し、一行は帰路についた。
だが――森に入って間もなく、ゲンが足を止める。
「……止まれ。」
空気が変わった。
地を這う、粘つくような音。
枝が、何かに噛み砕かれる鈍い響き。
茂みが大きく揺れ、その先――
大木にとぐろを巻くように、異形が姿を現した。
巨大な顎を持つ、規格外の蛇。
紅い目。節足のような外殻に覆われながら、所々に蛇のような肉質を覗かせている。
顎虫蛇。
「……経験者は?」
ゲンの問いに、誰も答えなかった。
サブが唾を飲み込む。
「……見たこともないっす。戦ったのは、もちろん初めてっす。」
ソウは拳を握りしめた。
(帰り道が、本番かよ……。)
顎虫蛇が、ゆっくりと顎を開く。
森が、静まり返った。
赤い目が、一行を舐めるように見渡す。
巨大な顎が擦れ合い、湿った音が空気を震わせた。
「……距離を取れ。」
ゲンが低く言う。
「囲まれるな。無理に攻めるな。経験の浅い者は下がれ。」
ゲンに呼応し、ラルクが村人全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「各自、隊列を維持しろ! 勝手に動くな!」
だが――。
「……チッ。」
一歩、前に出た影があった。
レイだ。
「ッッス、待――。」
サブの声を背に、レイは前へ出る。
「いつまでも、守られてるだけだと思わないで。」
低く、噛みつくように言った。
「シクティスの囮だって、危険だったでしょ。だったら――。」
レイは深く息を吸い、己の腕を睨む。
「……宿れ。」
その瞬間、レイの腕に異変が起きた。
皮膚の上を這うように、虫の外殻が浮かび上がる。
肘から先が、刃のように鋭利な形状へと変化していく。
刃虫――
金属光沢を帯びた、生きた刃。
「……っ。」
だが、変化は不完全だった。
刃は形成されたものの、動きが鈍い。
「まだ……馴染みきってない……!」
その隙を、顎虫蛇は逃さなかった。
地を滑るように距離を詰め、顎を大きく開く。
「レイ!!」
次の瞬間――。
羽音が、森を切り裂いた。
「――どけ!!」
ソウだった。
フライバエの形態変化で一気に間合いへ飛び込み、
レイの前へと割り込む。
顎が空を噛み、地面を抉る。
「なっ……!?」
レイの目が見開かれる。
「無茶すんな! 形態変化はできても――慣れてねえだろ!」
ソウは叫ぶ。
以前、自分自身も形態変化に悩まされていた。
そして、野営中にレイが黙々と練習していたことも、ソウは知っていた。
「できるかどうかは、生き延びてからだ!」
顎虫蛇が標的を変え、ソウへと向き直る。
レイは一瞬、唇を噛みしめ――
刃虫の腕を、強く握った。
「……借り、作っただけだから。」
悔しそうに、しかしはっきりと言う。
「次は、私も前に出る。ちゃんと“使える”状態で。」
ソウは一瞬だけ振り返り、ニッと笑った。
「その時は、背中任せる。」
ゲンが、静かに形態変化し、分厚い装甲の大剣を構え、ラルクは漆黒の鋏腕を前に突き立てる。
「――よし。お前ら連携を取るぞ。後衛は任しとけ。」
顎虫蛇が咆哮を上げ、森が震えた。
戦いは、今まさに始まろうとしていた。