テラーノベル
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「……おい、国見!! どこいんだよ!!」
廊下の向こうから、聞き慣れた、そして今は一番聞きたくない声が響いてきた。
金田一くんの怒鳴り声だ。
繋いでいた手に、びくんっと力が入る。
私は慌てて手を離そうとしたけれど、国見くんは逆に指を絡めて、離してくれない。
「……ちょ、国見くん! 来ちゃうって!」
「……ちっ、効率悪い……。あいつ、鼻がきくのかな」
国見くんは心底嫌そうな顔をして、でも繋いだ手はそのままで、私の肩にぐったりと頭を乗せた。
「国見ー! お前またサボ……って、えっ」
ガララッ!! と勢いよく教室の扉が開く。
そこには、息を切らした金田一くんと、後ろから苦笑いしながら覗き込む岩泉さんの姿があった。
静まり返る教室。
夕日に照らされた、机の下でがっちり繋がれた私たちの手。
そして、私の肩に顎を乗せて、薄く目を開けたままの国見くん。
「あ、……えっ!? お前ら、何して……」
金田一くんが指をさして硬直する。顔がみるみるうちに茹でダコのように赤くなっていく。
「……見ての通りだけど。何、金田一。うるさいんだけど」
国見くんは微動だにせず、眠そうな声で言い放った。
「何じゃねえよ! 練習だっつーの! ってか、お前ら、いつからそんな……っ!」
「……別に、いつからとかないし。今、大事な話してたから。邪魔しないで」
嘘だ。ポッキー食べてチョコ食べて、手を繋いでいただけだ。
でも国見くんの堂々とした態度に、金田一くんは「う、うわあああ!」と頭を抱えてパニックに陥っている。
「……おい、金田一。行くぞ」
後ろにいた岩泉さんが、呆れたように金田一くんの襟首を掴んだ。
「でも岩泉さん! 国見のやつ、あんな……!」
「いいから。……国見、五分で来いよ。遅れたらサーブ練、倍な」
「……えー。……はい」
岩泉さんは、私にだけ「お邪魔したな」と短く会釈して、騒ぐ金田一くんを引きずりながら去っていった。
再び訪れた静寂。
「……行ったね」
「……うん。行った」
繋いだままの手。
国見くんはゆっくりと顔を上げると、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「……今の、金田一に言いふらされるね」
「だろうね。……あいつ、口軽いし」
彼はそう言って、繋いでいた手を一度ぎゅっと握りしめてから、名残惜しそうに離した。
「……まあ、いいや。否定するのも面倒だし」
「えっ、否定しないの?」
「……効率悪いじゃん。……事実だし」
彼は立ち上がり、椅子の背にかけていたジャージをひょいっと担いだ。
教室を出る間際、彼は振り返り、いたずらっぽく片目を細めて笑う。
「明日からは、隠さなくていいから楽でしょ。……じゃ、練習行ってくる」
そう言い残して、彼は軽い足取りで廊下へ消えていった。
一人残された教室で、私は熱くなった頬を両手で押さえる。
……明日から、学校中の注目の的になるのは確定だ。
「仲がいい友達」という便利な言葉は、たった今、国見くんの手によって完全に壊されてしまったらしい。
昨日の放課後、金田一くんに目撃されてからというもの、私の頭の中はパニックのままで、一睡もできなかった。
「仲のいい友達」という安全な防波堤は、国見くんの「事実だし」という一言で、あっけなく決壊してしまったのだ。
(……今日、どんな顔して学校行けばいいの)
重い足取りで校門をくぐると、案の定、視線が痛い。
バレー部の情報網をなめてはいけない。金田一くんの「うわあああ!」という叫び声とともに、あの光景は瞬く間に広まっていたらしい。
「あ、いた。……おはよ」
下駄箱の前で、聞き慣れた、でも今は一番聴きたくないトーンの声がした。
国見くんが、壁に背を預けて立っていた。いつもなら始業ギリギリに来るはずの彼が、なぜかそこにいる。
「……お、おはよう。早いね、国見くん」
「……金田一が朝からうるさくて。確認しに来た」
「確認って何を……」
彼は私の問いには答えず、私の靴箱から上履きを取り出して、私の足元に置いた。まるでお姫様扱いのような、でも彼らしい効率的な(?)優しさ。
「……昨日、ちゃんと寝た? 目の下、クマになってる」
「……誰のせいだと思ってるの」
「俺? ……心外。俺はただ、本当のこと言っただけ」
彼は淡々とそう言うと、私の鞄をひょいっと奪い取った。
「重い。効率悪いから、俺が持つ」なんて言いながら。
「ちょっと、国見くん! 目立つから!」
「……もう手遅れでしょ。昨日あんなに見られたんだし」
彼は平然とした顔で歩き出す。廊下ですれ違う生徒たちが、「えっ、国見と……?」「マジかよ」とヒソヒソ声を漏らすのが聞こえる。
私は顔が焼け付くように熱くて、下を向くことしかできない。
教室に入ると、さらに地獄が待っていた。
「お、おい! 国見! お前ら本当に……!」
金田一くんが机を叩いて詰め寄ってくる。その後ろでは、花巻さんや松川さんがニヤニヤしながらこちらを観察していた。
「……うるさい、金田一。朝からエネルギー使うの無駄」
「無駄じゃねえよ! お前、昨日あんなに密着して……!」
「密着じゃない。……ただ、離したくなかっただけ」
教室中が「おおおっ……!」というどよめきに包まれる。
私は机に突っ伏したい気持ちでいっぱいだったけれど、国見くんは私の隣の席にどっかと座り、私の手首を机の上で軽く掴んだ。
「……国見くん、みんな見てるから」
「……見てればいいじゃん」
彼は私の耳元に顔を寄せ、クラスメイトには聞こえないくらいの低い声で囁いた。
「友達、って言われるの、もう飽きたんだよね。……効率悪いから、一気に既成事実作ってるだけ」
「……確信犯……」
「そう。……嫌だった?」
少しだけ不安そうに覗き込んでくる、彼の鋭いけれど綺麗な瞳。
ズルい。そんな顔をされたら、拒絶なんてできるはずがない。
「……嫌じゃない、けど。心の準備が……」
「……準備なんていらない。……俺が全部決めるから。君はただ、隣にいればいいよ」
彼はそう言うと、私の指の間に自分の指を滑り込ませた。
机の上、みんなが見ている前で、隠す様子もなく恋人繋ぎをする。
「……さ、一限目、寝るから。……終わったら起こして」
そう言って彼は、繋いだ方の手を私に預けたまま、もう片方の腕を枕にして机に伏せた。
隠しきれない独占欲と、彼なりの強引な優しさ。
「友達」という言葉で誤魔化していた日々は、もう戻ってこない。
でも、握りしめられた彼の手のひらからは、昨日よりもずっと強い熱が伝わってきていた。
コメント
1件
か、か、可愛い♡