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……ねえ、どこ行くの」
「静かなとこ。教室、金田一がうるさすぎて効率悪い」
午前中の授業が終わり、チャイムが鳴った瞬間に国見くんに手首を掴まれた。そのまま連れてこられたのは、旧校舎へ続く渡り廊下の踊り場。めったに人が来ない、隠れたサボりスポットだ。
「ここなら誰も来ない」
彼は私の隣にどっかと座り込み、私の膝の上に自分の頭を乗せた。いわゆる膝枕の体勢だ。
「……国見くん、お弁当食べられないんだけど」
「あとでいい。今は、これが必要」
彼は私の腰に腕を回して、ぎゅっと抱きつくように顔を埋めた。制服越しに伝わる彼の体温。いつもはひんやりしているイメージなのに、今は驚くほど熱い。
「……朝からずっと見られてたでしょ。……疲れた」
「それは自業自得だよ。あんなに堂々と手を繋ぐから」
「……だって、そうしないと君、すぐ『ただの友達』って逃げるし」
図星を突かれて言葉に詰まると、彼は顔を上げて、じっと私を見つめた。至近距離。彼の長い睫毛が揺れるのが見える。
「……俺さ、効率悪いこと大嫌いだけど。君のことに関しては、めちゃくちゃ無駄なことばっかりしてる自覚あるよ」
「えっ……?」
「昨日だって、練習サボってまで君といたし。今日も朝早く来て待ってたし。……これ、全部『好き』じゃなきゃやらないから」
淡々とした口調。でも、その言葉の重みに心臓が跳ねる。
「友達」という言葉で自分を誤魔化していたのは、私だけじゃなかったんだ。
「……国見くん」
「……名前」
「……英くん」
名前を呼ぶと、彼は満足そうに目を細めて、私の指先に自分の唇を寄せた。
朝、みんなの前で繋いだ手。その指の一本一本をなぞるように。
「……これ、印。……誰にも渡さないから。わかってる?」
少しだけ低くなった声。いつもは気だるげな彼が見せる、剥き出しの独占欲。
友達だった頃の「適度な距離」はもうどこにもない。
「……じゃあ、お弁当。……あーんしてくれたら、午後の練習、ちょっとだけ頑張る」
「……何それ、交換条件?」
「そう。……効率いいでしょ?」
いたずらっぽく笑う彼の顔は、今まで見たどんな表情よりも甘くて。
私は赤くなる顔を隠すように、カバンからお弁当を取り出した。
外からは相変わらず部活生の声が聞こえるけれど、この狭い踊り場だけは、甘い熱に浮かされた二人だけの世界だった。
部活が終わる時間。体育館の横を通り過ぎようとすると、案の定、金田一くんの「国見! 待てっつーの!」という叫び声が聞こえてきた。
見れば、練習着のままの国見くんが、めんどくさそうにひょいひょいと逃げるように校門へ向かってくる。
「……遅い」
「ごめん、片付け長引いちゃって。……待たせた?」
彼は私の前に立つと、返事をする代わりに、私の首元に巻いていたマフラーをぐいっと引っ張った。
至近距離。彼の鼻先が、私の鼻先に触れそうなほど近い。
「……寒い。効率悪いから、温めて」
「えっ、ジャージ着なよ……」
「やだ。……これ、借りる」
そう言って彼は、私のマフラーの端を自分の首にも巻きつけた。
一つのマフラーに、二人の顔が収まる。
彼の体温と、少しだけ混じる体育館の匂い。
「……国見くん、これ、すごく歩きにくいよ」
「いい。……離れないようにしてるだけだから」
彼は私の手を自分のコートのポケットの中に引き入れた。
ポケットの中で、指を絡める。
「……さっき、三組のやつと話してたでしょ」
「え? あ、ノート借りただけだよ」
「……ふーん。……あいつ、君のこと見てた。俺、そういうのすぐわかる」
いつもは「効率が悪い」と周囲に無関心な彼が、そんな細かいことまで見ていたなんて。
彼はポケットの中で、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「……俺の、っていう看板、もっと派手に立てなきゃダメ?」
「……看板って」
「……例えば、こういうの」
彼はマフラーで隠れた暗闇の中、私の首筋に、ちゅっと短く唇を寄せた。
ほんの一瞬の感触。でも、そこだけが火がついたように熱くなる。
「……っ、国見くん!」
「……明日、ハイネック着てきなよ。……消えないと思うから」
彼は平然とした顔で、でも瞳には隠しきれない独占欲を宿して笑った。
「友達」だった頃の彼は、こんなに強引じゃなかったはずなのに。
「……帰ろ。……送る。……家まで、ずっとこうしてて」
マフラーで繋がれたまま、ゆっくりと歩き出す。
夜の静寂の中で、重なる足音。
「友達以上」という境界線を越えた彼は、もう二度と、私を元の場所へは帰してくれないのだと、その手の熱さが教えてくれていた。
部活が終わるのを待っていた私。校舎の影でスマホをいじっていた国見くんが、めざとく私を見つけて歩み寄ってくる。
今日は金田一くんたちが居残りでサーブ練習をしているらしく、彼は一足先に「効率よく」上がってきたらしい。
「……疲れた。……充電させて」
挨拶もそこそこに、彼は私の肩にずしりと頭を乗せた。部活終わりの、少し熱を持った体温が制服越しに伝わってくる。
「……ねえ、ここ校門の前だよ。誰かに見られたら……」
「……いいよ、別に。もう隠すの、効率悪いし」
彼は私の手を自分のジャージのポケットにねじ込むと、そのままぐいぐいと誰もいない放課後の旧校舎へと引っ張っていった。
連れてこられたのは、備品庫の陰にある、西日が差し込む踊り場。
「……ここ、風通らなくて暖かい」
「……サボり場所でしょ、ここ」
彼が壁に背を預けて座り込むと、その隣に私も座らされる。
彼は私の肩を引き寄せると、自分の膝の上に私の頭を乗せさせた。今度は逆、私の膝枕だ。
「……英くん、重いよ」
「我慢して。……今日、一日中、金田一に冷やかされて疲れたんだから」
彼は目を閉じながら、私の指を一本ずつ弄ぶ。
爪の形をなぞったり、指の間を埋めるように絡めたり。その手つきが、驚くほど丁寧で、大切にされているのが伝わってきて胸が苦しくなる。
「……ねえ、何考えてるの」
「……別に。……ただ、君が俺のものだって、再確認してるだけ」
彼は薄く目を開けると、私の顔をじっと見上げた。
逆光で、彼の瞳がビー玉みたいに透き通って見える。
「……俺さ、バレーも勉強も、最小限の力でやりたい派だけど」
「知ってる」
「……でも、君を繋ぎ止めておくためなら、いくらでも無駄な努力してあげる」
そう言って、彼は私の指先に、ちゅっと短く熱を落とした。
朝の既成事実、昼の独占欲、そして今の、少しだけ切ないくらいの執着。
「……友達だった頃には戻れないね」
「……戻る気ない。……今のほうが、ずっといい」
彼は私の手を自分の頬に押し当てて、幸せそうに目を細めた。
外からは、遠くでまだボールを叩く音が聞こえる。
でも、この静かな踊り場だけは、彼が作り上げた「誰にも邪魔されない特等席」だった。
「……あと少しだけ。……このまま。……ね?」
微睡むような、甘い声。
私は何も答えず、彼の柔らかな髪にそっと触れた。