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Side.青
「ほら、準備するよ」
ピアノの楽譜を見ている大我に声を掛ける。
自分には理解できないが、楽譜をまるで絵本のように読んでいる。どこが面白いのだろうか、と思うが。
「幼稚園」
イラストと平がなが書かれたカードを見せながら言う。
大我はつぶらな瞳で見返し、「…ようちえん」
そうだよ、と頭をなでる。
だが言葉とは裏腹に、くるりと背を向け大我が向かった先は、リビングの隅に置いてあるアップライトピアノだった。足台に乗り、椅子に座ろうとしている。
「まずはお着替え」
そっと抱き上げると、ソファーに座らせる。
パジャマから着替えさせるのだが、これが毎朝の難関。着替えのカードを見せると、案の定表情が変わった。
「やっ」
服を脱がせるまではいいものの、嫌がって着たがらない。
「これを着ないとダメなんだよ。…大我ぁ」
ソファーから降り、かけっこが始まる。こうなったら最終手段だ。
「大我、お着替えできたら朝ごはんにトマト食べよう」
そう言った途端に目をキラキラさせ、「トマト、トマト!」
このやり方だから、結局ほぼ毎朝トマトになってしまう。
もうちょっと待ってね、と素早く服を着せる。
そしてピアノ椅子に乗せた。待ち時間はこうしておくと自分で弾くからありがたい。
プレートにスティックパンと昨日のポテトサラダ、約束のトマトを載せて食卓に並べる。
ピアノからは、不思議な曲が流れてくる。楽譜を見て弾くときもあるが、即興がほとんど。
今日はスタッカートが多くて跳ねるようなメロディーだから、どこかワクワクしているのだろう。これも彼なりの感情表現の方法だ。
落ち着いたところで名前を呼び、ダイニングに座らせた。
「いただきます」
手を合わせて示すと、オウム返しで大我もまねる。「いただき、ます」
小さな口には少し大きいミニトマトを入れた頬が、もきゅもきゅと動く。リスみたいで愛らしいったらありゃしない、と思ってしまうのはたぶん俺だけだ。
ごちそうさまをして片付けを済ませると、あっという間に登園の時間。
「そろそろ行こうか」
お気に入りのピンク色のリュックを背負わせ、「今から幼稚園に行くよ」
柔らかな手を繋ぎ、家を出た。
続く