極道桃×看護師黄
食材を買いにスーパーへ行った。
外出していた時間は40分程度。最近野菜食べてないし、運動不足だから何日間かはスープとサラダでヘルシーに過ごそうかなぁ。
そんな、言ってしまえばアホほどどうでもいい事を考えながら買い物していた約40分間に、いったい何があったというのだろう。
買い物を終えて帰ってみたら。
「…ッ大丈夫ですかッ!?」
ウチの玄関の前に、見ず知らずの人が血塗れになって横たわっていた。
「本当に、大丈夫なんですか」
野菜たっぷりのポトフをテーブルに置きながら、大きな体を丸めるようにして胡座をかいた人物の顔を覗き込む。
「…………まぁ」
出血量は多かったものの、幸い命に関わるようなケガはしていなかった”佐野”と名乗ったたぶんヤクザさんは、右腕にぐるぐると巻かれた包帯へ視線を落としたまま、曖昧に頷いた。
時は遡ること数時間前。
自宅の玄関前で倒れていた佐野に慌てて駆け寄り、すぐさま救急車を呼ぼうとした吉田を止め、当の佐野本人は『救急車は呼ぶな、俺に関わるな』と吉田の顔をまともに見もせず、ぶっきらぼうに言い捨てた。
そしてその言い草にカチンと来た吉田は、佐野のヨレたシャツの襟首を引っ掴んで更にヨレヨレにしながら、まさかの怒鳴りつけるという暴挙に至った。
『呼ぶな言われても血だらけで何いってんですか関わんなってウチの玄関のまん前で倒れてんだから関わらん訳にもいかんでしょほっといて野垂れ死なれでもしたら俺がお隣さんから通報されんだろアホかアホなんすかあんた』
救急車は呼ばない。だから代わりに傷の手当てくらいさせてくれ。
まるで叱りつけるような口調で捲し立てた吉田に絶句し、佐野はとげとげしかった雰囲気を解いて…というか脱力して、こくこくと素直に頷いたのだった。
「傷自体はそれほど深くなかったとはいえ、縫った方が治りは早いし、数も結構あるんで出来れば病院に…」
「行かねぇ。」
「だろうなとは思いましたけど」
みごとな即答の仕方に苦笑した後、吉田はテーブルに置いたポトフの器をぐいと佐野に向かって押し出し、食べるよう進める。
「口に合うかは分かりませんけど、よかったら食べて下さい」
湯気を立てながらいい香りを放つ白い器を前に、実は丸一日半何も口にしていなかった佐野はごくりとのどを鳴らしたが、はっと我にかえりふるふると首を振った。
「……さすがに、これ以上迷惑は…」
「何言ってんですか。ここまで来ればもう今更でしょ」
半笑いでズバリと一刀両断され、返す言葉なくピシリと固まる佐野(職業ヤクザさん)。
「だから、ほんと遠慮せずどーぞ。まぁ、味は保証できませんけど」
吉田に笑顔で言われ、佐野はその笑顔を暫く見詰めた後、無言で礼をしてポトフに手をつけた。
「…うんまぁっ!」
「マジで?ならよかった」
にこにこ笑う吉田にちらちらと視線を投げつつ、佐野はスープを口に運びながらぼそりと呟く。
「……あんた、怖くねぇの」
「え?」
佐野の言葉に、吉田は首を傾げる。
「俺のこと、怖くねぇのかって言ってんの。こんな、見るからにヤクザ丸出しなカッコしてんのに」
佐野はそう言って、自分の着ている派手な柄のシャツを摘む。その動作に、あぁと吉田は頷いた。
「怖いといえば怖いですよ?どっかの抗争に巻き込まれたのかなぁとか、組抜けてきたのかなぁとか想像は膨らむ一方ですけど」
「ちょ、」
思いのほかズバズバとストレートに切り込んでくる吉田に、佐野は若干狼狽えた表情を浮かべる。
「でも、ケガ人はほっとけないんで」
「……なんで」
「あ、俺看護師やってるんです。だからかなぁ」
「……あぁ」
通りで。佐野は、血に臆することなく平然と自分に応急処置を施してくれた吉田の手つきをぼんやりと思い出す。
「それと、あともうひとつ」
「へ?」
「佐野さん、そんな悪い人じゃなさそうだし」
さらりと発せられた吉田の言葉に、佐野は目を見開く。
「そこまで怖い感じしないんだよなぁ、あんた」
吉田はそう言って、またにっこりと笑う。
「………………」
それを見つめていた佐野は不意にスプーンを置き、吉田の側へ膝立ちでにじり寄り、彼の正面で三つ指をついて正座した。
「え」
「助けて頂いて有り難う御座いやす」
「…やす?」
「何処の馬の骨ともわかんねぇ半端モンの手前のことなんて、サツに通報して当然のところ煙たがるどころか此処まで世話焼いて下さって」
「さ…え、サツってちょ、」
「この御恩、残りの命を掛けて返させて下さい」
「返すって、そんな大層な…」
「…一生付いて逝きます、兄貴」
淡々と言い終え、佐野は正座したまま深々と頭を下げる。
「あ、あに…き?」
佐野の後頭部をオロオロと見下ろしながら、吉田は言われたことの意味を考える。
自分のことテメェっていうひとに俺初めて会ったんだけど、あれ時代劇とかVシネの中だけじゃないんだ。あ、いや、この人リアルVシネ系の人か…てゆーかリアルVシネ系てなんだよ。
____…助けて頂いて有り難う御座いやす
____…何処の馬の骨ともわかんねぇ
____…この御恩、残りの命を掛けて
『一生付いて逝きます、兄貴』
「……って、えぇぇぇぇ?!!!」
それは。
吉田さんに生まれて初めての舎弟、佐野さんが出来た瞬間であった。
→後日談。
某所、某総合病院。
そこで毎日平凡に働いていた看護師の元に、数日前から妙な患者が付きまとっていた。
「お早う御座いますアニキ!」
出勤して着替え、いざ仕事だと気合いを入れて病院の廊下を歩いていると、突然背後から元気な声が響きわたる。
「ちょッ…!!」
慌てて振り返ってみれば、そこにはやっぱり数日前に作ったばかりの、できたてほやほやな舎弟がにこにこきらきら笑っていた。
もちろん舎弟になってくれと頼んだ覚えも、舎弟にしてやると許可したつもりも吉田にはないけれど。
「ちょっと!朝っぱらから止めて下さい佐野さん!」
「いやでも、アニキに挨拶するのは当然の…」
「だ・か・ら!アニキって呼ぶの止めてくださいって何度も言ってんでしょ!」
「でも…」
「でもじゃねぇわ!」
「!」
吉田の強めの口調にびくりと肩を揺らすと、佐野は途端にしゅんと項垂れ、さっきまでのにこにこきらきら笑顔を引っ込めて大きな身体を小さく丸めた。
その様子は、まるで飼い主に叱られてクーンと耳を垂らした大型犬のよう。
…イカツい身体とさぞかし凄んだら恐ろしいだろう精悍な顔立ちをしているのに、いち看護師に怒られたくらいでこんなに凹むなんて。
「………………もぉ~」
そんな姿を見てしまったら
なんだか、放っておけなくなってしまって。
「よしだじんと。」
「…へ」
「俺、吉田仁人っていうんですけど」
「はぁ…存じ上げてます、けど」
「だったら、ちゃんと呼んでよ」
「…え」
きょとんと目を丸くした佐野に、吉田は笑いかける。
「アニキじゃなくて名前で呼んで貰えた方が、俺何倍もうれしいんですけど」
大きな目を細めて、綺麗な顔で笑った頬に浮かぶえくぼ。
「〜〜っ/////」
その笑顔を見た途端、見る見るうちに首元まで真っ赤に染まった佐野の変化に気付づかないまま、吉田は看護師としてもっともな注意をし始めた。
「あと言わんでも分かってるだろうけど、ここ病院。病気とか怪我した患者さんが来るところなんで、それ以外の理由で何度も来ないでもらえます?患者さんの迷惑になりますから。」
「………わかった。」
「分かってくれたならよか…」
思いのほか素直に頷いて貰え、一安心したのもつかの間。
「だったら俺、今から2、3本折ってくるわ」
「…は!?なにを?!え…あちょっ、さのさんちょっと待っ…待たんかお前ゴラ!!」
その後。
さんざん吉田さんに説教されるも、一緒にいれる時間が増えて逆に嬉しかった佐野さんでしたとさ。
おしまい
昔のモノをハイブリッドリサイクル。
…何を考えてたんだろう、昔のわたし、、
お付き合い、お疲れさまでした…
コメント
2件
うわぁ最高過ぎ!こうゆうの大好きです!!
最後の吉田さんの言葉病院だから怖くないようにちゃんと言おうとしてるけど結局怖いとこ出ちゃっててめちゃくちゃ面白いです!