手紙が終わる。
父さんも母さんも、検査の後一階のロビーで寝ている。
羽良野先生は、この病室に簡単に出入りできるんだ。あの時、胸騒ぎがした駐車が下手な黄色い軽自動車は、羽良野先生だった。
ぼくは逃げることはできる。
来月には隣町に引っ越すからだ。
でも、調査を続けよう。子供たちのために。
「ほれほれ。ほれほれ」
「ほれ。ほれ」
「ほれほれほれほれ」
硬質な人形のような声が聞こえてきた。それも複数。
あの人形のような声だ。
心臓がバクバクして、呼吸が苦しい。耳が激しい心臓の音で聞こえにくい。
冷や汗を両手で拭い。頭をフル回転させる。
きっと、ぼくは仮死状態だからだろう。
捕まったら、大変だ。食べられてしまうかも知れないんだ。
慌てて時計を見ると、深夜の12時だった。ナースコールを押しても誰も返事をしない。この病院もどこかおかしい。
ベッドから降りて床に足を静かに置くと、ぼくはここ四階の室内から廊下を覗いた。
硬質な声は、どうやら近くの階段を上がっているようだ。
点滴の針を腕から外すと、まったく血が出なかった。ぼくの体はどうなってしまったのだろう?
廊下へ出ると、入院患者のいびきが聞こえる。医師や看護婦はいない。
壁には手摺りがつけられ、右側の西階段から硬質な声が聞こえる。ぼくはその反対の東階段へと歩いた。
そこにはエレベーターがある。
「ほれほれ、ほれほれほれ」
「ほれほれ」
病室のベッドにぼくがいないと、気が付いたのだろう。声がこちらに迫ってきた。
もう消灯時間は過ぎているので、蛍光灯が弱々しく辺りを照らしている。
頼りない蛍光灯の明かりで、エレベーター前にたどり着くと。
気分が悪くなった。
「ほれほれ、ほれほれ」
「ほれほれほれほれ、ほれ」
硬質な声が徐々に近づいてくる。
一体。この声の主はどういう人なのだろう? 不死の儀を使った村の人たち?
どんな姿か見てみたいと、チラリと思ったけど、絶対に見ない方がいいとぼくは自分に言い聞かせた。
エレベーター前で、下に行くボタンを何度か押した。
暑さと気持ち悪さで、ぼんやりした頭を振った。ここで吐いてしまえば楽になるかも知れない。
こんな時、幸助おじさんがいてくれたなら。
ぼくは切実な思いを抱いて吐いた。
床にばら撒かれた吐瀉物は、何故かほとんど消化されていない。
朝食べたパンが、咀嚼されたまま床一面に転がる。