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親には親の務め、というものがある。
子供の意思を大事にし、自由を与え、自分らしくいられる環境を作ること。それが親の務めである。
しかし、そのことすら知らない。子供のため、あなたのためと無知な子供を唆し、我が物のように扱う。そんな親も、この世にはいるのである。
子供に自由を与え、失敗しながらも意思を尊重する親。
子供の意思を無視し、失敗を許さない成功者になることを強制する親。
この2つは対立的であり、それでいて似ているものなのである。
これはそのような出来事によって心が壊れてしまった子供達を救う、1つの事務所の物語。
1.親としての役目
「ここが、kくんのお母さんが働いている病院ですか?」
事務所から車で10分ほど離れたところにある、綺麗な病院。4年ほど前に作られ、今では県外からも人が訪れるほと、その医療技術は世間的に認められている。
「というか、なんでkさんのお母さんが木下真希さんだってわかったんですか?」
「あぁあれ?あれはコウにお願いしたのよ」
__[工藤コウ]
2人の共通の友人であり、プログラマーでもあり、ハッカーでもある。
情報系の会社に勤めているが、このような情報を集めることに関してはプロ並みである。
なのでこうやって、たまにコウの助けをもらっている。
「今回の講演はどうやら親子参加……つまり、分かるわよね?」
ニヤニヤと、いたずらっ子のような顔で探偵のマリアは隣にいる女の子を見る。
「あの、もしかして私にマリアさんの子供になれ。そう言いたいんですか?」
「そうだけど?」
「なんでですか⁉︎」
助手の花音はマリアのことを尊敬はしているが、子供扱いされるのは別である。
マリアの助けになりたいという思いと、子供扱いされたくないという2つの想いが、花音の心を大きく揺れ動かした。
「帰りにクレープ奢ってあげるから。ねっ?いいでしょ?」
「……新作フレーバーでお願いします」
いつも他人を警戒し、信頼はあまりしないマリアでも、花音の前では昔のようになってしまう。
そのような話をしている間に病院の自動ドアが開く。
「うわぁ……中に人がいっぱいですね」
中には患者さんも多くいるが、入り口から見て右奥にはたくさんの親子で溢れかえっていた。
楽しみそうに待っている親子もいれば、イヤイヤで来た感じの子供、無関心な子供などたくさんの種類があることを知った。
「えっと、お二人は親子なんですね。お名前を教えてもらっても?」
「私は北条マリア。隣にいるのが娘の北条花音です」
「マリアさんと花音ちゃんですね。それではこのネームをつけてください」
そう言って渡されたのは、それぞれ赤い紐と青い紐のエームプレート。
青い紐は赤い紐より少し短いように見える。
「それじゃあ花音ちゃん、これをつけようね〜」
スタッフさんに子供扱いされ、一瞬顔が強張ったが、すぐに元の顔に戻り笑顔を作る。
少々口元がプルプルと震えているようにも見える。
「……本当に私って周囲から見たらマリアさんの子供なんですね」
そうプツリと呟く。チラリと見てみると、みるからに不機嫌そうな様子の助手がそこにいた。
昔から背の高いマリアは、花音と姉妹と間違えられることが多かった。
花音は標準身長だというのに。やっぱりこの世の中は不平等だ。
しばらく2人で待っていると、講習室の扉が開き、スタッフらしき人が出てきた。
「皆様、ようこそお越しくださいました。これより、木下医者の勉学講習を始めさせていただきます」
その言葉にザワザワしていた周囲はシーンとなり、次々と部屋の中へ入っていく。
「よし、いくわよ。花音ちゃん」
「茶化さないでくださいよ……」
文句を言いながらも、花音はマリアの後ろについていった。
2.狂いと呪い
時刻は午前11時。少々お腹が空いてくる時間帯である。
一言も発せられない、静寂な時間が流れている。
前の方には1人の女性が、台の上に立っていた。
青い瞳に黒い髪、茶髪だった依頼人kと髪の色は違うが、瞳の色は完全一致。おそらく彼女が、kの母親なのだろう。
キーンというマイクの音が部屋中に響き渡る。
そして、彼女はマイクの前に一歩踏み出し、静かに話し始めた。
「皆様、ようこそお越しくださいました。私は木下真希。一流な医者でございます」
以後お見知り置きを、と挨拶を述べる彼女は口元こそ笑っていたが、目は全く笑ってなかった。まるで狂気に飲み込まれてしまっているかのように。
「今回私がお話する内容は、既に知っているとは思いますが、勉学の話です。私には、現在15歳の息子がいます。彼は非常に優秀で、県内トップクラスの高校に進学させました。ですが、それは当たり前なことなのです」
周りと見ると、親たちは木下さんの話を真剣に聞いており、子供たちは真剣に聞いている子供もいれば、寝そうになっている子供もいる。
「幼少期の頃から受験を意識させ、毎日8時間の勉強を習慣づけさせる。そして良い小学校、中学校、高校、そして大学へ行かせ、医者などの職業に就かせる。それによって、子供たちは良い人生を歩むことができ、私たち親も“良い人生を歩ませた親“としてのステータスを手に入れることができるのです。より優秀な人材を育て上げるのは、紛れもなく私たち親なのです。親なら親として、無理やりにでも良い人生を歩ませる。それが私たち親の務め。人生の負け犬にならぬよう、幼少期のうちから頑張らせなくてはなりません」
kの話は本当だった。この母親は狂っている。
子供の人生を決めるのは紛れもなく子供自身だし、親が決めることではない。何よりその考えは、子供の意見や心を完全に無視していた。良い学校へ行くことだけが、良い人生を歩めるわけではないのに。
カリカリとペンを走らせるような音が会場内に響きわたる。2人が周りを見れば、さっきまで話を聞いているだけの親たちのほとんどが、木下さんの話を全てメモしていた。
その瞳はまるで洗脳されているのではないか、というくらいに虚で、正気には見えなかった。
「皆さん、とても子供のことを考えておられるのですね。それが正解なのです。それでは、話を続けますね……」
木下さんの話はそこから、約30分にもわたって続いた。
3.人間の心理
「やっぱりおかしいですよ。あの母親もそうですけど、周りにいた親たちも……なんであんな真剣に、あんな狂った話を聞いているんでしょう」
空が夕焼けに包まれた時間帯の頃、2人は事務所への帰路についていた。
木下さんの話ていた内容は、周りの親同様に花音もメモしていた。それを見ながら、2人は今日の内容について話す。
「子供のため、自分たちのステータスのため。そういう自分たちにとっていい情報を最初に言っているからよ。人間は良い情報の後にそれに関連する悪い情報を言うと、逆のパターンに比べて、それが 悪いとは思わない。あとは“当たり前のこと“と何度も言うことで、逆に自分たちが間違っていると錯覚させる……やっぱりお医者さんはなんでも知っているのね」
どこからか、子供達の声が聞こえる。どうやら近くの公園で、子供たちが遊んでいるようだ。
その子供達の声はとても楽しそうで、今日の講演に来ていた子供たちとは、どこか表情が違って見えた。
「……人生最初の依頼で、結構難しい内容の依頼が来ちゃいましたね」
「それでも私たちがやることは変わらないわ。kくんをあの家族から救い出す、それが今回の依頼内容」
「でも、具体的にはどうするのですか?正直他人の家庭に首を突っ込みすぎるのも……
もしこれで相手側に通報でもされたら、探偵としての役割がなくなってしまう。それだけは、なんとしてでも避けなければならない。
「ここからは二手に分かれましょう。私はさっきの母親とコンタクトを取ってみるから、花音は父親の話を聞いてきてくれない?」
「それは構いませんけど、具体的には何を聞けばいいですか?」
マリアはその場に立ち止まった。
何かを考えているのか、思っているのか。それはわからない。
「簡単なことよ。花音、この質問の答えと詳細を聞ければ、それでいい」
2人の間に、2羽のカラスが通り過ぎる。
カァーと低い声と高い声が交差し、お互いにコミュニケーションをとっているかのようだ。
そしてそれらは、赤い空を黒い空の間へと消えていった。
それが合図なのかとでも言うように、マリアは口元を緩く緩ませ、こう言った。
「……あなたは本当に、このやり方で満足していますか、ってね」