これはまだ、翔が小学二年生だった頃のお話。
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今日も幼なじみの響と一緒に、いつもの様に学校から帰宅していると、突然隣から呻き声の様なものが聞こえてきた。
(……?)
チラリとすぐ隣を歩いている響を見てみると、何やら真剣な顔つきで呻いては首を捻っている。
「……どうかした?」
(腹でも壊したのか……?)
いつもヘラヘラとしている響にしてはやけに真剣な顔つきで、どこか具合が悪いのではないかと少し心配になる。
「翔……。俺、外人になろうと思う」
「……は?」
「でも、どうすればなれるのか分からなくて……」
深刻な顔をして、そんな訳のわからない事を告げた響。
(何言ってるの? コイツ。こんな奴、心配した俺がバカだった……)
大きく溜息を吐くと、俺は響から視線を外して前を向いた。
「ねぇ、どうしたらなれるのかなー? 翔」
「なれる訳ないだろ。お前は日本人だ、バカ」
「えーっ!? どうしよう……っ。それじゃ困るよぉ……」
(何が困るだ……。響の訳の分からない思考に、毎度の様に困らされているのは俺の方だよ)
あーでもない、こーでもないと首を捻って悩む響を横目に、俺は呆れながらも再度口を開いた。
「あのさ、何で外人になりたいの?」
「外人になりたいんじゃないよ?」
「は……っ?」
(お前、今さっき俺に外人になるって言ったじゃないかよ……!)
若干イラッとしつつも、俺は響を見つめて笑顔を向ける。
「じゃあ、響。お前は何になりたいの?」
「王子様だよ〜っ!」
満面の笑顔でそう答えた響。
「…………。……へー」
(やっぱコイツ、アホだな)
そんな事を思いながら、真顔で棒読みの相槌を返す。
「翔っ! 知ってる!? 絵本の中の王子様は、金髪で白馬に乗ってるんだよ!?」
「…………」
「だから、まずは金髪の外人にならないとダメなんだー」
「…………」
「俺ね、将来王子様になろうと思うんだっ! ねぇ翔、なれるかなー!?」
「あー、はいはい。なれるといいね」
響のアホくさい将来話について、俺は適当な返事を返した。
(俺は一体、何でこんなくだらない響の会話に付き合っているんだろう……)
「花音、喜ぶかなー」
ヘラヘラと笑いながら、そんな事を呟いた響。
(ああ……、なるほどね)
昨日の出来事をふと思い出した俺は、突然響の口から出て来た”王子様”発言に一人納得をする。
『わたし、おーじさまとけっこんする〜っ!!』
昨日、俺が読んであげていた絵本の中の王子様を見て、キラキラとした笑顔でそう言い放った花音。その横で、ショックで固まってしまった響。
その後、一人シクシクと廊下で響が泣いていた事を……俺は知っている。見事に園児に振られて、一人寂しく廊下で泣き続ける響。
(……面白すぎだろ)
そんな昨日の出来事を思い出すと、俺は堪らずプッと小さく笑い声を漏らした。
「翔。どうしたのー?」
未だヘラヘラと笑っている響は、俺を見て「何なにー?」と聞いてくる。
「いや……まぁ、頑張れ」
「うんっ、頑張るよー。絶対に王子様になるんだ〜」
(いや……頑張っても王子様にはなれないだろ)
頑張れと無責任な事を言ったのは自分なくせに、ヘラヘラと笑う響を見て呆れた顔をする。
「花音はお姫様だから、花音も外人にならないとね。なれるのかなー? 花音は可愛いから大丈夫かなー? ……うんっ。可愛いからなれるよね」
そんな事をブツブツと呟いては、真剣な顔をしたりヘラヘラしたりと忙しい響。
(頼むから花音を巻き込むのだけは辞めてくれ……)
そんな事を心の中で思いながら、俺はその後終始無言のまま響の横を歩いて帰宅した。
◆◆◆
「ただいまー」
無事に自宅へと帰って来た俺は、リビングの扉を開くと中に向かって声を上げた。
「お帰りー、翔」
キッチンから顔を覗かせて、俺に向けて優しく微笑むお母さん。その足元からピョコッと顔を出した花音は、俺を視界に捉えると満面の笑みを浮かべた。
「おにぃーちゃーんっ!」
そのまま一直線に俺の方へと向かってくると、勢いよく抱き付いてくる花音。
そんな花音を優しく抱きとめると、少しだけ身体を引き離して口を開く。
「ただいま、花音」
「おかえりぃ〜」
優しく頭を撫でてやると、ニコニコと嬉しそうに微笑む花音。
「今日は花音にプレゼントがあるんだ」
「……ぷれぜんと?」
言いながらランドセルを床に置くと、その中に手を入れてガサガサと中身を漁る。そんな俺の行動を、興味深そうに見守っている花音。
確かな感触に目当ての物を掴み上げた俺は、花音の目の前で掌を開くと”ソレ”をお披露目した。
「ほらこれ。花音にあげるよ」
「あーっ! うさぎさんだぁ〜っ!」
図工の時間に作ったマグネットを見せると、花音はピョンピョンと飛び跳ねながら喜んだ。
「かわいいね〜っ!」
どうやらウサギの形が余程気に入ったのか、マグネットを掴むとはしゃぎ始めた花音。
「ママーっ! みてっ! おにいちゃんがくれたのー!」
「わぁ〜! 良かったわねぇ、花音。ちゃんとお兄ちゃんに”ありがとう”はした?」
そんなやり取りがキッチンから聞こえた後、再び俺の元へと走って戻ってきた花音。
満面の笑みで俺を見上げると、マグネットをかざしながら口を開く。
「おにいちゃんっ! ありがと〜!」
こんなに喜んでもらえるのなら、花音の為に作った甲斐もあったというものだ。
「どういたしまして」
クスリと笑い声を漏らしてそう答えると、そんな俺を見て満足したのか花音は再びキッチンへと消えてゆく。
「くっつくよ〜!? ママみて〜! くっつくんだよ〜!? かわいい?」
「わぁ〜! 本当だねぇ。可愛いね〜」
おそらく、冷蔵庫にマグネットを付けて遊んでいるのだろう。そんな楽しそうな声がキッチンから聞こえてくる。
俺は無邪気に遊ぶ花音の声を聞きながらも、床に置いたランドセルを掴んでリビングを後にしようとした、その時。
カチャリと音を立てたリビングの扉が、俺の目の前で勢いよく開いた。
「ただいまぁ〜っ!」
そんな軽快な声と共に現れたのは、相変わらずヘラヘラと笑っている響だった。
(……何がただいまだよ。ここはお前の家じゃないだろ)
「……あっ。ひぃくん、お帰り〜」
キッチンから顔を見せたお母さんは、優しく微笑むと響にそう応える。
(馴染みすぎている……)
もはや毎日の恒例になりつつあるこの光景に、俺は突っ込む気力すらなく溜息を吐いた。
「ひぃく〜んっ! おかえりぃ〜!」
響の存在に気付くと、ニコニコと満面の笑顔で響に向かって走り寄る花音。
「かの〜んっ! ただいま〜!」
ギュッと花音を抱きしめた響は、その頬にスリスリと頬ずりをしながら「花音は可愛いねー」と何度も呪文のように告げる。
「おい。もう離れろよ。花音が呪われるだろ」
そう言いながら花音を引き離すと、そんな俺を見た響はヘラヘラと笑った。
「えー? 何それ? 翔って変な事言うねー」
「お前にだけは言われたくないよ」
呆れた顔で響を見ながらそう告げると、「変なのー」と言ってクスクスと笑い声を漏らす響。
(お前以上に変な奴なんて、俺は知らないよ……)
目の前の幼なじみを見つめながら、俺はそんな事を思う。
「あのねっ、ひぃくんみて〜! おにいちゃんがくれたの! かわいい!?」
そう言ってウサギのマグネットを見せる花音は、ニコニコと微笑みながら響を見上げる。
「うんっ。花音は可愛いよー?」
ヘラヘラと微笑んでいる響を見て、不思議そうな顔をする花音。
イマイチ話の噛み合っていない二人を眺めながら、響のアホさ加減にイラッとする。
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