テラーノベル
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崩れ落ちた廃工場の最深部。
コンクリートの残骸と、ひしゃげた鉄骨が折り重なる狭い空間だけが、まるで世界から切り離されたみたいに静まり返っていた。
外では未だに銃声が鳴り響いている。
チャンスの実家が差し向けた私設軍隊の重機関銃。
ソネリーノファミリー残党の爆薬。
怒号と爆炎。
その全部が、氷の結界の外側で遠雷みたいに轟いていた。
けれど、その絶対零度の中心だけは異様なほど静かだった。
「……っ、は……ぁ……」
iTrappedは崩れた床に両手をつき、チャンスを庇うように覆い被さったまま、荒い呼吸を繰り返していた。
青いシャツは無惨に裂け、血と煤でぐしゃぐしゃに汚れている。
黄緑色のパンツの膝は破れ、砕けたコンクリート片が皮膚へ深く食い込んでいた。
そして何より――。
彼の頭上にあった氷の王冠は、もう半分以上が砕け落ちていた。
焼夷弾の熱で溶け、折れ、無残な残骸だけを残している。
それでも王冠は、最後の意地みたいに微かな冷気を吐き出し続けていた。
まるで、主の壊れかけた心臓そのものみたいに。
「……チャンス」
iTrappedの声は震えていた。
怒りでも、冷徹さでもない。
今にも壊れそうな、どうしようもない恐怖だった。
「おい……返事しろよ……」
その声を聞きながら、チャンスは静かに目を開ける。
黒スーツはズタズタ。
愛用のフリントロックは空。
呼吸も浅い。
けれど、不思議なほど大きな怪我はなかった。
全部、iTrappedが庇ったからだ。
自分の身体も。
氷の王冠も。
命すら盾にして。
「……ハ」
チャンスの喉から、掠れた笑いが漏れる。
そして彼は、ゆっくりと右手を持ち上げた。
指先が触れたのは、いつも顔を覆っていた黒いサングラス。
それは彼にとって、世界への嘲笑そのものだった。
富豪の家の檻の中でも。
闇市場でも。
死線の上でも。
“余裕”を演じ続けるための仮面。
けれど。
チャンスは一切躊躇わなかった。
乱暴にサングラスを引き剥がし、そのまま床へ放り捨てる。
ガシャッ。
レンズが砕ける乾いた音が、静寂の中へ鋭く響いた。
露わになった瞳が、真正面からiTrappedを射抜く。
その目を見た瞬間、iTrappedの呼吸が止まった。
綺麗だった。
恐ろしいほど。
欲望と狂気と、生きることへの執着だけで燃えているギャンブラーの目。
誰にも見せたことのない、本物の眼光。
「そんな顔すんなよ、ペテン師」
チャンスは口元を歪める。
血の味が混ざった笑みだった。
「俺がこの程度で死ぬタマに見えるか?」
その声を聞いた瞬間。
iTrappedの胸の奥で、何かがぐしゃりと崩れた。
チャンスはゆっくり腕を伸ばし、iTrappedの頬へ触れる。
熱い。
驚くほど熱かった。
凍え切ったiTrappedの皮膚を、その体温がじわじわ焼いていく。
チャンスは昔から、自分が“幸運の女神”に愛されていると信じていた。
どれだけ無茶をしても。
どれだけ危険な賭けに飛び込んでも。
最後には必ず勝つ。
それが自分だと思っていた。
レディラックだけは、自分を裏切らないと思っていた。
でも今。
自分の上でボロボロになりながら、呼吸を震わせ、壊れそうな顔で自分を抱えているこの男を見た瞬間――。
そんな“幸運”の全部が、一瞬で色褪せた。
「なぁ、iTrapped」
チャンスは低く笑う。
その瞳は、狂ったみたいに熱を帯びていた。
「もう、女神なんかどうでもいい」
その言葉に、iTrappedの瞳が揺れる。
チャンスはiTrappedの首へ腕を回し、さらに深く引き寄せた。
「目に見えねぇ幸運より、あんたが流した血の方が、よっぽど価値ある」
囁く声が熱い。
「俺のこれからの運命、全部お前に賭ける」
それは告白だった。
いや、もっと性質が悪い。
人生そのものを差し出す、破滅的なオールインだった。
もしiTrappedが裏切れば終わる。
もう幸運は守ってくれない。
それでもチャンスは、自分の命ごと、この詐欺師へ賭けた。
イカサマの検出が得意な男が、その意味を理解していないはずがない。
だからこそ、この賭けは狂っていた。
最高に。
「……っ、君は……」
iTrappedの喉が震える。
Ellernate。
Caleb244。
Banlands。
その全部が、今だけは頭から消えていた。
残っているのは、目の前の男だけ。
自分の計画を壊し。
冷徹さを壊し。
氷の王冠まで壊した、最悪のギャンブラー。
パキ、パキ、と。
頭上の王冠が内側から砕けていく。
もう、“義務”では支えられなかった。
残っているのは、醜いほどの独占欲だけだった。
二度とこの男を手放したくない。
誰にも渡したくない。
「……馬鹿だな、チャンス」
iTrappedは掠れた声で笑う。
その瞳には、冷酷な支配欲と、どうしようもない愛情がぐちゃぐちゃに混ざっていた。
「破産しても、もう逃がさないから」
そう囁くと、彼はチャンスに自分の額を寄せた。
額から流れる血が混ざる。
崩れた王冠の欠片が、二人の肩へぱらぱらと落ちていく。
外ではまだ戦火が燃えている。
けれどもう、そんなものはどうでもよかった。
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(ゝω・) ねこウサギ
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