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ルシアンとエリアスが
早朝の森へ向かったあと。
食堂にはイチとセリーヌだけが座っていた。
窓から射し込む朝の光が
白いテーブルクロスを淡く照らし、静けさの中に
小さな息遣いだけが落ちている。
「口に合うといいんだけど……」
セリーヌがそっと皿を置いた。
温かい湯気が立ちのぼり、野菜の優しい香りが広がる。
メイドの力を借りず、料理長に教わりながら
彼女自身が作った粥だった。
普段は厨房に立たない。
だが、少女のためなら――
迷いはなかった。
イチは静かにスプーンを取り、
一口、口に運ぶ。
やわらかな味が広がり、体へ染み込んでいく。
けれど
彼女の瞳は揺れない。
「どうかな?
熱すぎない?」
セリーヌは笑顔で問いかける。
しかし
返事はない。
イチはただ食べる動作を続ける。
セリーヌは返答を期待していない――
それでも少女の隣に座り見守り続ける。
ひとくち、またひとくち。
口に運ぶたびに
胸の奥へ
微かな痛みが
触れてくる。
(……ちがう)
それは言葉にならない違和感。
エリオットの家では
粗末な木の皿に
黒パンと煮草――
森の匂いと土の手触りがあった。
隣でやさしく笑う声があった。
微熱のような息遣い。
咳の音。
夜明けの薬草の香り。
――それらが
ひとつ、ふたつ……
胸の底から
蘇る。
(ここじゃない)
イチはその理由を理解しない。
ただ、
胸がきゅ、と
小さく締めつけられる。
それが
“懐かしさ”
であるとは
まだ、知らない。
セリーヌは少女の表情の変化をじっと見つめていた。
「……無理しなくていいのよ」
やさしい声。
イチはほんの少し瞬きをする。
そして
また、淡々と食事を続けた。