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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「チヒロ!」

声をかけながら肩を揺さぶる。

先ほどまで首を絞めていた両手からは力が抜けているが、首元には締め付けられた痕が酷く残ってしまっていた。

「…………ハッセ……さん……?」

か細い声でチヒロが声を発した。意識は朦朧としているが、呼吸に問題はない様子だった。

そして同時に、後ろでは男が起き上がる気配がした。

「なるほど……。体を燃やした熱と痛みで当職の”洗脳”を振り切ったのか」

振り返ると、男が立ち上がる姿が見えた。先ほどまでとは違い、顔は笑みではなく怒りで歪められている。

「”自分の体を燃やす力”といったところか。ハッ! 炎上した末に惨めに死んだ貴様におあつらえ向きの力だ。当職の”洗脳”と比べれば何段階も劣る屑能力。”力”を得たからといって付けあがるなよ餓鬼が!」

「屑能力でもなんでもいいさ、これであんたの”洗脳”は俺には効かない。共倒れになっても構わない。あんただけは俺が殺す!」

再び怒りを右手に込める。少しずつ熱が膨らみ、右手を炎が包んだ。

炎を纏った右手を握り、男の元に駆け寄る。

「”止まれ”!」

男は右手を構えて言葉を発した。

自分の体が動きを止めようとする――。その寸前で、全身の神経を一瞬の熱と痛みが襲い、”止まれ”という信号を掻き消していく。

自身の体が内側から少しずつ焼けていく。間違いなく体にダメージが残るような行為だ。

それでも、俺には目の前の男を止めなければならないという意思があった。

「なぜだ!? 多少の痛みでは”洗脳”は解けないはずッ――」

俺の右手が、再度男の顔を殴りつける。先ほどとは違い、火を燃え移らせることを意識することで、俺の右手の火が男の服や髪にそのまま燃え移っていく。右手からは火が消え、燃え移った火が男の体を焼いた。

「があぁ――! 火が! 火がぁ!」

男が必死に地面を転がると、火は煤を飛ばしながら消えていく。

「貴様ぁ! 屑の分際で! 自分が何をしているのかわかっているのか!」

余裕の無くなった表情で男は叫んだ。その顔からは先ほどまでの侮蔑は消え、怒りだけで満ちていた。

「生かしておけば、また同じように尊厳を弄ばれる人達が出てくる。○○○○、あんただけはここで殺す。これは、同じ世界から来た俺の責務だ!」

俺が言い終えると、男は怒りに満ちた顔のままで、右手で自分の顔を掴んだ。

「遊んでやっていれば調子に乗りやがって! 当職は貴様とは違う! 生まれた時から将来が約束されてきた上級国民だ! 貴様らはただ従っていればいいんだよ!」

男の怒りに満ちた言葉に呼応するかのように、男の周囲の空気が張りつめていく。

男の顔には青筋が立ち、腕や足では、へばりついた贅肉を押しのけていくように筋肉が隆起するのが見えた。

「”自己催眠”! それも一般国民がやるような思い込みや集中とは違い、”力”を使うことで人体の性能の全てを引き出すことができる!」

言葉を言い終えると共に、男の姿が消えた。

それと同時に、腹部に強い衝撃。足が地面から浮くほどの力が加わり、俺の体は2メートルほど後ろに殴り飛ばされた。

「がぁッ……はッ……」

咳き込むと同時に口から血を吐き出す。折れた骨が刺さったのだろうか、胸の下部には激痛が走った。

「これが当職の”力”だ! 選ばれた人間の”力”だ! ”洗脳”できなければ暴力で従わせればいい。貴様達は我ら上級国民が快適に暮らすためだけに生きて死ねばいいんだ。余計なことをするから痛い目をみるんだよ!」

男は俺から目線を外すと、再びチヒロのいる方に歩き出す。

「この女にも、もう面倒なやり方はしない。当職が手ずから絞め殺してやる! 当職の手を煩わせたことを後悔するくらいには苦しめて殺す! 貴様はそこで黙って見ていろ」

「待……て――」

痛みを訴える体を黙らせて立ち上がる。そしてその瞬間、男の姿が再び目の前から消えた。

「黙って見ていろと言っただろうが!」

怒りで満ちた表情が一瞬だけ見え、風を裂くような鋭い蹴撃が襲う。かろうじて左腕を構えて防ごうとしたが、そんなことは無駄だと言わんばかりの強い衝撃に、俺の体は吹き飛ばされた。

先ほど以上の衝撃。左腕の骨が折れる感覚がすると共に、俺の体は吹き飛び、教団の連れてきた荷馬車の積み荷の中に放り込まれた。

同時に、口からは血の塊がこぼれ出る。手をついて体勢を整えようとすると、左腕から鋭い痛みが襲った。

それでもなんとか体を起こし、立ち上がる。しかし、このまま挑んだところでどうにもならない。俺は周りを見て武器になりそうな物を探した。

荷馬車の積み荷は主に食料だった。野菜や果物が所狭しと積まれ、端の方には水や酒の入ったガラス製の瓶が並んでいる。まともに武器と呼べそうなものは存在しなかった。

俺はいくつかある酒瓶の中の一つを手に取り、荷馬車から降りた。左腕はまともに上げることすらできない。軋むような痛みが全身を巡っていた。

正面を見ると、男の手がチヒロの首にかかるところだった。

足を引きずるような格好で男の元まで走った。酷く惨めな負け犬の姿。過去の自分と変わらない、無力な自分。

それでも、諦めないだけの理由が今の自分にはあった。

「唐澤貴洋ォ!」

絞り出すように、男の名前を叫んだ。男はチヒロの首にかけようとしていた手を止め、こちらに向き直る。

怒りと憎悪を孕んだ、見下したような視線でこちらを睨みながら、男はこちらに向かって歩いてくる。

「何もできない屑の分際で威勢だけはいい。だから貴様達が嫌いなんだ! 両手両足を潰して、二度と立ち上がれないようにしてから女は殺してやる。そうなってから理解しろ! 屑は何をしたところで状況を悪化させることしかできない。初めから上の人間に従っていた方が幸せだとな!」

男が拳を握り、右腕を振りかぶる動作が見えた。避けることなんてできないことは分かっている。逃げたところで状況は改善しない。

だから俺は、男の右腕に合わせるように酒瓶を握った右腕を振った。

男の拳が酒瓶に直撃する。当然のように酒瓶は粉々に割れ、中身が外に飛散した。

そして、それと同時に怒りを右手に集中し、全力で発火する。

中身は酒だ。ガソリンを詰めた火炎瓶のようには当然いかない。しかし、ある程度のアルコール度数さえあればそれでいい。

空気中に飛散する酒。空気との接触面積は加速度的に増していく。あと必要なのは熱だけだ。

燃え移らせることを意識する。自身の右手の火は空気と混ざった酒のアルコール部分に発火していく。

「――なッ」

ほんの一瞬だけ、大気中に大きく火が広がる。一瞬の強烈な熱と光。男の意識を逸らすにはそれで十分だった。

割れた後のガラス瓶は、それそのものが鋭利な凶器になる。

飛散したガラスが腕に刺さるが、痛みを感じている暇もない。

先がどうなっているのかもわからないまま、割れたガラス瓶を握った右腕を前に突き出す。

人体で最も無防備な部位。薄い筋肉しかなく、骨で守られることもない。人間の首。

強烈な光と熱を切り裂くように、首を狙って右腕を振った。

「ぐぅッ!」

肉を突き刺すような感触と共に男の悲鳴が聞こえ、火のカーテンが大気に溶けていく。

突き出した右腕。握られたガラス瓶の残骸は、奇跡的に男の首筋に突き刺さっていた。

最後の力を振り絞り、男の首からガラス瓶の残骸を引き抜くと、首筋からおびただしい量の血液が噴き出した。

「があアァァアァァァァ!」

男の口から断末魔の悲鳴が上がった。両手で必死に首筋を抑えるが、血液は止まらずに溢れ続ける。

出血のショックで男の体が痙攣し、男はそのまま仰向けに倒れる。体からは糞尿が漏れ出し、男の衣服を汚した。

血液と糞尿で、酷い匂いと様相を呈した男の死体。動物の死に際だ。綺麗なはずも無い。そこに人間の尊厳は存在しなかった。

安堵と疲労、そして何より体へのダメージで、意識が朦朧としてくる。

掠れていく視界の中で、こちらに走り寄ってくる少女の姿だけが見えた。

Polishing ~抗心の火~

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