テラーノベル
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「これからが本番だよ」
瞬きをしたら、涙が溢れてしまいそうだった。
目の前の九條くんの本性が、まだ信じられない。
私に対して優しくしてくれていたのも好意からではなかった。
秘めていた淡い想いは、ガラスのように粉々に砕け散って破片が私を容赦なく刺してくる。
「もういいだろ」
咎めるように言ったのは歩くんだった。
顔を見上げようとした瞬間、ぽろりと涙が私の頬を伝った。
「俺らのことは好きにしたらいい。けど、こいつはお前のオモチャじゃない」
歩くんの表情は涙で歪んで見えないけれど、力強くはっきりとした声だった。
「お前、人の心を踏みにじって楽しいのか?」
「和葉」
喧嘩腰な態度の和葉を潤が制する。和葉は「潤は誰の味方なんだよ」と苛立っているようだったけれど、突っかかるのをやめたようで仕方なさそうにため息を吐いた。
「——えっ」
突然腕を引っ張られ、体制を崩しかける。右腕を掴んでいるのは歩くんで、「行くぞ」と言って歩き出す。
私は彼に身を任せて腕を引かれながら音楽室を後にした。
後ろから複数の足音がするので恐らく他のみんなも続いて歩いている。けれど、私は振り返らなかった。
斜め前の歩くんの表情はどこか切なげで、目が離せない。
「……ごめんな」
歩くんが苦しそうな声で言った。
「従兄弟って黙っていたこと?」
「それだけじゃない。だってお前……泉のこと」
歩くんはそれ以上言葉を続けなけなかった。
私の涙の理由を心配してくれているんだ。
九條くんの本性を知り、今までの偽りを知り、失恋をしてしまった。
右腕に伝わる熱を介して歩くんの優しさが伝わってくる。
「……ありがとう」
呼吸が苦しくなるほど、涙が止まらない。
九條くんのことが好きだった。叶わないってわかっていたけれど、それでも私にとって宝物のような恋だった。
だけど私の恋は、虚しく終わってしまった。
彼の残酷なお遊びはこうして始まった。
最後にシンデレラが選ぶのは、誰のガラスの靴?
海の紅月くらげさん
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