テラーノベル
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「……はぁ。もう、あの人が来るとお店の空気が全部腐っちゃうみたいで……」烏丸神社の社務所で、老舗の和菓子屋を営む若女将の優子が、疲れ果てた顔で頭を抱えていた。
「なるほど、毎日やってきては『昔に比べて味が落ちた』『接客がなってない』と、何時間も文句を言い続ける常連(クレーマー)ですか」
蓮は頬杖をつきながら、事務的に手元の電卓をパチパチと叩く。
「典型的な『お説教型クレーマー』ですね。自分の正義感で人を殴るのが一番気持ちいいっていう、一番タチの悪い人種だ。……よし、お祓い代は特別価格の22万円で」
「蓮、言い方! 依頼人を不安にさせるな!」
コマが蓮の膝の上からお説教を垂れるが、蓮はそれを無視して優子の背後に視線を向けた。
優子の体には、まるでヘドロのような「ドス黒い霧」がまとわりついている。それはおじさんの口から吐き出された、言葉の暴力が具現化した怪異――『毒霧の穢れ』だ。
霧の中からは、ネチネチとした不快な音声が絶え間なく這い出ていた。
『店のためを思って言ってやってるんだ』『お前じゃ話にならない、責任者を出しなさい』
「(ゲェ……耳が腐りそうなセリフのオンパレードだな)」
蓮が露骨に耳を塞いだその時、社務所の障子がガラッと乱暴に開け放たれた。
「おい! 優子さん、ここにいたのか!」
現れたのは、グレーのスーツをだらしなく着こなした初老の男――件のクレーマーおじさん、大頭(おおあたま)だった。彼の足元からは、ドロドロとした黒い霧が津波のように溢れ出し、社務所の畳を汚しながら広がっていく。その霧は次第に巨大な「這い回る巨大なムカデ」のような形を成していった。
『客を待たせるとは何事だ!』『私は神様だぞ!』
「ひえええ! 傲慢の念が虫の形になって襲ってきたぞ!」
コマがもふもふの毛を逆立てて飛び上がる。
大頭の背後のムカデが、鋭い牙を剥いて優子に襲いかかろうとした。
「ひっ……!」と身をすくめる優子の前に、蓮がすっと立ちはだかる。
「おい、おじさん。『お客様は神様』って言葉、都合よく使いすぎだろ」
蓮は懐から、お馴染みのロゴ入りタッチペンを抜いた。
「そもそもここは本物の神社で、目の前にいるのは本物の神使(かみさま)だ。お前みたいな生ゴミ以下のプライド持った人間が、神様を名乗ってんじゃねぇよ」
「な、なんだと若造! 客に向かって――」
「コマ、実力行使だ! 営業妨害のバグを強制終了する!」
「おうよ! 本物の神の威光を目に焼き付けるが良いわ!」
コマが激しく輝き、その神聖なエネルギーがタッチペンの先へ集約される。青白い光を放つペンを構え、蓮はムカデの頭部にある「星1の評価マーク」が明滅するコアへ向かって、一歩を踏み出した。
「お前のアドバイス(笑)は、ただの自己満足だ。――二度と来んな」
蓮がタッチペンを大きく一閃させる。
「――強制退去・アカウント凍結(迷惑ユーザー・バン)!!」
ズガァァァン!!!
光の軌跡がムカデの巨体を真っ二つに切り裂いた。怪異は「ザー……」というテレビの砂嵐のようなノイズを上げながら、今度はシュレッダーにかけられた「ただの苦情の紙屑」へと変わり、床にバラバラと散って消滅した。
同時に、大頭は憑き物が落ちたように呆然と立ち尽くし、「あ、あれ……私は何を……」と呟きながら、ふらふらと神社を出て行ってしまった。彼の心の中にあった「歪んだ支配欲」が、お祓いによって完全にへし折られたのだ。
「……ふぅ。これで店にあのおじさんが来ても、もう何も言えなくなってるはずですよ。ただの大人しいおじさんに戻りましたから」
蓮がタッチペンを収めると、優子はすっかり軽くなった自分の肩を触り、涙を浮かべて微笑んだ。
「ありがとうございます、神主さん……! 本当に救われました!」
「いえいえ。あ、お支払いは一括で。あと、お礼に対象の和菓子、1箱サービスしてくれたら嬉しいです。ネトゲのお供にするんで」
「ふふ、喜んで!」
優子は現金を支払い、お土産の和菓子を置いて、晴れやかな顔で帰っていった。
夜、社務所で蓮は和菓子を頬張りながら、ホクホク顔でお札を数えていた。
「いやー、老舗の和菓子は美味いし、現金は手に入るし、最高の仕事だわ」
「蓮、お前というやつは……。まあ、今回は本物の神の威厳(拙者の可愛さ)を見せつけてやったからな、良しとしよう」
コマも、優子からもらった犬用の特製高級クッキーをサクサクと嬉しそうに食べている。
「客が神様なら、俺たちはその上の特権階級だからな。次も理不尽なクレーマーが来たら、倍の値段でブロックしてやるよ」
拝金主義のクズ神主と、現金なもふもふ狛犬の除霊ビジネスは、今日も大繁盛のようだった。
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