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「翼」
空港で翼を見つけると、私は大きく手を振った。
「お帰りなさい」
「ただいま」
相変わらずスラリとした身体つきに、仕立て良さそうなのスーツ。
いくらか落ち着きまででてきて、
「なんだか大人っぽくなったわね」
「幾つだと思っているんだ。随分前から大人だよ」
それはそうなんだけど。
「4年ぶり?」
「3年半かな」
入社後数年で営業から海外事業部に移った翼は、ヨーロッパを拠点にアフリカ各地を飛び回っていた。
だから、私自身も翼に会うのは久しぶり。
「お疲れ様でした」
「わざわざお迎えありがとう」
顔を見合わせ、照れながら笑った。
***
その後、居酒屋へ移動した私達。
「乾杯」
「乾杯。お疲れ様」
こうやって、外でお酒を飲むのはいつぶりだろう?
ここ3年は遥の側を離れることなく暮らしてきたから。
「元気だったか?」
「うん」
「麗は、気の毒だったな」
「うん」
麗が亡くなったとき翼はヨーロッパにいて、葬儀にも参列できなかった。
何とかして帰ってこようと仕事の調整をしたみたいだけど、無理だったらしい。
だから、翼が麗と最後に会ったのは3年半前。
まだ、麗の病気が見つかる前。
そして、翼は遥の事も知らない。
今日、私がわざわざ空港まで迎えにきた理由もそこにある。
翼に、訊きたい事があるから。
***
「翼」
私は持っていたのビールをテーブルに置くと、真っ直ぐに翼を見た。
翼も不思議そうに私を見る。
「訊きたいことがあるの」
「何?」
一瞬の間をおいて、私は思いきって口にすることにした。
「翼は、麗が当時付き合っていた人のことを知ってる?」
「当時って?」
「病気が見つかった頃。だから・・・麗が最後に付き合っていた人について知りたいの」
「何で?」
私は黙ってしまた。
本当は、「あなたが遥のお父さんなの?」って訊きたい。
でも、もしそうだったらと思うと・・・訊けない。
「何でそんなことを今更訊くの?」
「それは・・・知る必要があるから」
「はあ?どういう意味?」
私は持っていたグラスを一気に開けた。
「翼。ハッキリ訊くけれど、あなたは麗と付き合っていたの?」
違うと言って欲しいと思いながら言葉にした。
「昔ね」
ええ?
「いつ?」
「そうだなあ、営業から今の部署に異動になった頃。俺も仕事に行き詰まっていて、弱っていた頃があったから。その頃に一時期付き合っていた」
「海外事業部に移った頃って事は5年くらい前?」
「そうだな」
「いつまで続いたの?」
コトン。とグラスを置いた翼。
「一体何なんだ?」
そうだよね。
これ以上は黙っているわけにはいかない。
フー。
私は大きく息を吐くと、
「実はね」
遥の出生について話した。
***
「じゃあ、遥君は麗の子供なのか・・・」
さすがの翼も絶句してしまった。
それもそうだ。
遥は麗が息を引き取ると同時に帝王切開で生まれた。
まだ妊娠30週。
体重も1000グラム足らずで、2ヶ月以上早い出産だった。
当然、生まれてから半年ほどは病院で過ごすこととなり、退院して家に戻った頃には麗の葬儀は終わっていた。
誰も麗の死と遥の誕生を結びつけて考える人はいなかった。
「あなたなの?」
黙っていることが出来ず、私は翼に直球を投げてみた。
「俺は、遥君の父親ではないよ」
はあー、よかった。
この3年、その言葉が聞きたかった。
「俺にも、誰が父親かは分からない。けれど、10代の頃からくっついたり離れたりしてる人がいるって言っていたことがある。モデル時代からの付き合いで、結婚の対象にはならない人だって」
結婚の対象にはならない人?
家庭のある人とか?
***
「なあ琴子」
翼が真っ直ぐ私を見た。
「何?」
「麗が亡くなるまでに半年以上の時間があったんだ。もし付き合っている人がいたなら名乗り出るはずだろう」
確かに。
賢介さんもそう言った。
「遥君は琴子達の子だよ」
「うん。ありがとう」
これでハッキリした。
始めから誰にも渡す気はなかったけれど、もう迷わない。
遥は私の子。
プププ プププ
翼の携帯が鳴った。
「ちょっとごめんね」
私に断わって電話に出ると、しばらく話していた翼、
「ごめん。会社に戻らないといけなくなった」
「ええ?8時だよ」
「時差があるから、向こうは昼間なんだ」
なるほど。
「いいから行って。また連絡するから」
「ああ」
翼は何度も謝って店を出て行った。