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目が覚めると宿のベッドの上だった。
数日ぶりのせいか、やけに鮮明に感じる思考はすぐに記憶を整理して今の状況を理解する。
どうやら私はあまりの寝不足のせいでヒバナとシズクによって強制的に眠らされたらしい。まさか、あの子たちがハーモニクスをあんな感じで使うとは思わなかった。
あの時は抵抗しようとしたが、こうして澄んだ思考で考えている今となっては2人が眠らせてくれたことには感謝しか浮かんでこない。
自分だけではどうしても不安ばかりが募り、寝不足の頭では余計に不安なことを考えてしまうだけだったのだ。
そういえば魔素鎮めはどうなったのだろう。私はあの時、みんなと魔泉に向かっていたはずだ。
私がいなくても大丈夫だったのだろうか。あまりの眠さにほとんど聞いていなかったが、あの魔泉はたしか異変の規模自体は小さいと言っていたはずだ。
――なら、私の力がなくても大丈夫だったのかな。
こうして無事に帰って来られているのが何よりの証拠だ。
一先ずそれは置いておくとして、お腹が減った。
カーテンから漏れる光と自分の体調から察するに私が眠ってから12時間以上は経っている。
よくそんなに長く眠れたものだと自分で自分に呆れるが、おかげで体調はバッチリだ。
部屋の中にみんなの姿はなかったので、探すついでにご飯を食べに行こうと思う。
◇
「そ、そんな感じに~なってしまいました~……」
「えぇ……」
みんなを見つけ、ひどく体調を気にされながらヒバナの作ったお粥を食べ終わった私はコウカとヒバナたちとの温度差が気になっていたので、ノドカに尋ねてみたのだ。
すると私がぐっすり眠っている間にコウカがみんなから浮いてしまっている状態にあるという報告を受けた。
「うぅ……お姉さまに~お願いされていたのに~……わたくし~……」
「落ち込まないで、ノドカ。ノドカがコウカのそばを離れずにいてくれたからコウカは孤立しないで済んでる。やっぱりノドカに任せてよかった」
「お姉さま~!」
抱きついてくるノドカを受け止め、宥める。
ノドカは十分に頑張ろうとしてくれたが、ここまでショックを受けてしまっているのは私のミスでもある。
この子も人生経験の浅さでいうとみんなと変わらない。17年しか生きていない私と比べても天と地の差がある。
やはりこれは私が早急に対処するべきことだったのだ。
だが少なくとも状況は掴めた。
寝不足の時はコウカを傷つけてしまったことで尻込みしてしまっていたが、もうそんなことは言っていられない。
このままあの子を孤立させてしまうことを私自身が許すことができないのだ。
――きっとここでまた逃げれば、私は一生後悔する。
相手の心へと踏み込み、脆いものに触れて傷つけることへの恐怖。それはきっと前の世界での最後の記憶に起因するもの。
でも本当に壊れそうになっているあの子を前にして、何を恐れる必要がある。
私が抱く想いはこの程度の恐怖で折れるものなどでは決してないはずだ。
決意を固め、ノドカと別れた私はコウカの元へと向かう。
「おはよう、コウカ」
「あ、マスター……」
元気もなく、どこか気まずそうなのは昨日までの私の態度が原因だろう。
馬鹿なことを考えていた私は彼女を避けていたのだ。
だからまずはそのことを彼女に謝る。
「ごめん、コウカ! コウカを叩いちゃって傷つけたことも、コウカのことを避けていたことも! 本当にごめんなさい!」
「え……えっ!?」
驚いた声を上げるコウカ。
彼女を傷つけてしまったことは取り返しのつかないことだけど、このまま避けていても彼女をさらに傷つけるだけだ。
なら、ウジウジ悩んでいないでコウカの為にできることをする。それだけでは彼女の傷を癒せなくても、決して諦めるつもりもない。
「や、やめてくださいマスター! 傷つけたって……傷も当然残っていませんし、痛みも慣れたものです!」
少し素の彼女が見えた気がする。でも今はそうではない。
――違うんだよ、コウカ。
「頬のこともそうだけど……それ以上に謝らないといけないのはコウカの心を傷つけたことだよ」
「心を……?」
「いきなり叩かれた上に避けられるなんて辛いよね。された側が一番傷ついているはずなのに、勝手に傷ついてずっと避けていたのは私なの……だからごめんなさい。きっとこれだけじゃコウカの傷を癒すことはできないだろうけど、もうこれ以上コウカに辛い思いをさせないために……そのために頑張ることを許してほしいの」
コウカが息を呑む音が聞こえる。
これで許してくれなくても、拒絶されようともこの子からはもう逃げない。
「……どうしてマスターが……眷属であるわたしに謝るんですか……どうしてわたしの為に頑張るなんて言うんですか!」
なぜか主と眷属という形に固執するようになってしまったコウカは当然、私の言葉を拒絶するだろう。
眷属という立場で私の全てを肯定しようとする。そしてその眷属という在り方に拘り、私の言葉を否定する。
矛盾を抱えるコウカ。それはきっと今の彼女の心そのものを表しているんだ。彼女自身も自分の本当の心がどこにあるのかわかっていない。
でも、そんな凝り固まってしまった彼女の心を溶かせるのは他者からの想いだと私は思っている。
「眷属とかそんなの関係なく、コウカのことが大切だからだよ。薄っぺらく感じるかもしれないけどこれが私の本当の気持ちなの」
私はコウカを抱きしめる。言葉だけじゃ伝えられる気がしなかった私のありのままの心を彼女へと伝える。
私は馬鹿だった。
怖いからと言い訳をして、本当に大切なものにすら手を伸ばせず、ただ失くしたくないと願っているだけの大馬鹿者だった。
伸ばしたつもりでも、私は手を伸ばせていなかったのだ。
それでどうやって互いの熱を感じ合えるというのか。触れ合うことに尻込みする関係はきっと私が求めていた温かいものにはならない。
「これが私のコウカが大好きだっていう気持ち。だからコウカも本当の気持ちを教えて?」
そして私の心を伝えたのなら、きっとこの子の心も顔を出してくれるはずなのだ。
――すると想いが通じてくれたのか、彼女はぽつぽつと自分の気持ちを吐露しはじめる。
「……わたしもマスターのことを大切に思っています。だから失くしたくなくて……誓いも立てていたのに……なにひとつうまくいかない……」
「誓いって、前にも言ってた……?」
それは黄金郷でもこの子から直接聞いたことがあった。
「……マスターと出会った日にわたしは誓いを立てました。マスターを絶対に守ると……だから、どんな敵も倒せるくらいに強くならなければならなかったんです」
彼女が本当にまん丸なスライムだった時の誓いだ。言葉すら交わせなかった時から、この子は私を想ってくれていたのだ。
そして今もその誓いを大切にしてくれている。本当に生真面目な子だと思う。
「それでコウカはずっと強くなりたかったんだね。……ねえ、眷属の在り方に拘るようになったのはどうして?」
だからこそ気になる。
眷属であるということと彼女の誓いには繋がりが見えない。それなのにどうしてこんなに拘り続けているのかが分からなかったのだ。
彼女は私の胸の中で黙っていたが、やがて口を開いた。
「……本当は気付いていたんです。わ、わたしはどうしようもなく弱い。みんな、わたしよりも強い。何も守れないのなら、せめて眷属としてマスターに尽くしていれば、それが生きる理由になると思って……」
コウカの声が震えている。
強くなることに拘る彼女にとって、自分の弱さを認めるというのはどうしようもないほどの苦痛なのだろう。
だから私は彼女を抱きしめる手に一層の力を込める。
それと同時に彼女のある一言が気になった。
「理由……生きる理由って……」
「マスターと出会うまでわたしには意味なんてなかった。マスターがわたしの生きる理由になってくれた。マスターが照らしてくれたこの場所で、わたしはわたしが存在する理由を見つけたんです」
「……それが私を守ることなの?」
「わたしはただ生きている実感がほしかった。証、とでも言うんでしょうか……マスターを守ることがわたしの生きているという証なんです。だから私が生きるためにはマスター以外に何も――ッ」
コウカの言葉に少し悲しい想いを抱いていると、急に彼女の歯切れが悪くなる。
「コウカ?」
「……何でもありません」
何でもないという風には感じられなかった。だが彼女は何でもない、大丈夫だと言い張る。
そうしてさらに追及しようとすると不意にコウカに力強く抱きしめられた。
「マスター!」
「うぇ!?」
「わたしの生きる理由でいてください……わたし、尽くしますから。マスターの為になんでもしますから。だからずっと……」
それは懇願だった。
彼女から伝わってくるのはとても大きくて、重い複雑な感情。これが生きる理由なのか。
だが同時にコウカの言葉に私は違和感を覚える。
――生きる理由ってこんなに重い必要、あるのかな。こんなに重くて複雑なものなのかな。
「……ただ大切な人といたいっていうのは理由にはならないのかな」
「えっ?」
「きっと、もっと簡単なもののはずなんだ。心の一番奥深くにある想いって」
私の想いもコウカの想いも。
彼女の本当の想いはまだきっと見えていない。
そしてそれはこの子もまだ自分自身で気が付いていない想いだ。この子にも見つけられていないその想いを私が見つけることはできないだろう。
ならどうするべきか。私としてはコウカがどんなコウカであっても構わない。
だが、きっと本当の心を見つけられていないコウカはそれさえ認められないはずだ。
――よし、決めた。
「コウカ、強くなろう」
「え?」
「私はただコウカと一緒にいたいだけ、そのことに嘘なんて1つもない。でもコウカはそれじゃ納得しないよね、だから強くなるの。でも今度は私もそばにいるよ。もう1人だけで頑張らせたりはしないから」
この子のデリケートな部分に踏み込んだうえでの考えだ。この子の本質が何であれ、それが分からないのならまずは目先の目標に邁進すればいい。
その中できっとこの子の気持ちが見つかる。新しい目的だって。
今までの私は前に進もうとするこの子のことを待つことしかできなかった。でもそれではいけなかったんだ。
私はきっとこの子と――この子たちと並んで歩きたかったのだから。
手を引くにしても、背中を押すにしても、勇気を持って一歩を踏み出さなければ前には進めない。
「わたし……わたしは……っ」
くぐもった鳴咽が聞こえてくる。
だから私は腕に込める力を強め、そっと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「最初からひとりで頑張ることもなかったんだ。私たちはずっと近くにいた、支えたいって思っていた。コウカは決してひとりぼっちなんかじゃないんだよ」
体を震わせるコウカの背中を優しく撫で続けていると次第に落ち着いてきたのか、彼女もまたゆっくりと言葉を紡いでいく。
「わたし……強くなれますか? 何も守れないわたしから……変われますか?」
「強くなれないはずがない、私が保証する。それに何も守れていないはずないよ。コウカは私たちのこと、ちゃんと守ってくれてたんだから」
コウカは納得しないかもしれないが、この子がやってきたことに意味がないはずもない。
この子がいなければきっと私たちはここまで来られなかった。私たちは誰一人として、欠けちゃいけない存在であるはずだから。
そしてコウカが強くなれないはずはない、という思いも本心からのものだ。
それは“そうあるはずだ”という願望からではない、この子が求める強さを履き違えているわけでもない。確固とした理由が存在する。
ミンネ聖教国の聖都ニュンフェハイムにおける影との戦いを踏まえてのズルい考えではあるが、能力が十分にあることは証明されているのだ。
それを引き出すにはどうすればいいかは分からないが、彼女に足りていないものが何かは分かる。それは経験だ。
優れた能力で押し切れるなら問題ないが、能力の優位性が失われた上での対応力がコウカは他のみんなと比べても劣っていると感じることがある。
特にコウカは魔物の中でも獣のように知性のない相手には普通に戦えているが、相手も相応の知力や技術を持っていると苦しい戦いになることが多い。
思えば、魔物との戦いが殆どでこの子たちは人と戦った経験がほとんどない。
その中でもコウカの戦い方は相手の出方にも大きく左右され、能力の性質上、瞬時に正しい判断をすることも必要となる。
まずは対人戦に慣れてもらい、この子なりの対処法を学ぶべきだろう。
これらのことをコウカにも分かりやすくなるように噛み砕きながら、言い聞かせる。
そして丁度いい機会があるのを私は知っている。
何故ならこの宿屋の廊下に『今年度、剣聖杯開催予告』というポスターが貼ってあったからだ。
優勝が目的ではない。この大会で勝てなくてもそれは別に構わない。この子が何かきっかけを掴むだけでいいのだ。
それもしっかりとコウカが理解するまで説明する。
それにこれは説明していないが、もうひとつだけこの大会をコウカに勧めたのには理由がある。
私はきっと、あの時のコウカの笑顔が忘れられなかったんだ。
――かつて、冒険者たちとの模擬戦を楽しいと語っていた時の屈託のない笑顔を。
◇
剣聖杯とは世界中の剣士が一堂に会し、トーナメント形式において闘技場の中で戦って優勝者を決める大会だ。
この戦いはミンネ聖教国の西部にある大都市“アイゼンガルテン”において毎年開かれている。今年も世界で異変が起こっているのにもかかわらず、開催されるそうだ。
むしろこんな情勢だからこそ人々の不安を取り除くために開かれるのかもしれない。
あと真剣での勝負なので怪我とかしないのかと疑問に思っていたが、それはどうやら剣をコーティングする魔導具で刃を潰すので大丈夫らしい。
パンフレットの注意書きにそう書いてあった。
そして参加申込の締め切り日に何とか間に合わせることはできたので、コウカは無事に大会に参加できる。
後は全員で応援に行こうとみんなを誘ったのだが――。
「は? 嫌よ、絶対に嫌! なんで私たちがアイツを応援しに行かないといけないわけ?」
「時間の無駄だよね。それでも行きたいなら、ユウヒちゃんと行きたい子だけで行けばいいよ」
すごく辛辣な言葉が返ってきた。シズクまでこの状態なのは相当に根が深い。
「そんなこと言わないで、ね。ほかのみんなは来てくれるみたいだし……」
「そういうの、同調圧力って言うんでしょ? いくらユウヒちゃんのお願いでも、あたしたちは嫌」
「じゃ、じゃあ来てくれるだけでいいよ! 見てるだけ!」
「案内を見た感じ、試合中は声を出しての応援を極力控えろって書いてあるよ? それって見てるだけとほとんど変わんないよね。ふーん、そうやって譲歩したように見せて応援に来させようとしたの? ユウヒちゃんって案外、卑怯なこと考えるんだ」
「あ、いや……」
な、なんだかシズクが怖い。本気で怒っているのか、私に対しても辛辣だ。
ヒバナもこの子の勢いに圧されているのか、どこか大人しい。
――お願いだから機嫌を直してほしい、切実に。
◇
「結局~4人ですね~」
「ヒバナ姉様とシズク姉様、どっか行っちゃってたね」
大会当日、コウカを送り出した私たちは指定席に並んで座る。急な参加であったため、救世主専用の応援席は存在しない。
……いや、用意されそうになって断ったのだった。こういう大会は一般客と一緒に大人数で楽しむのも醍醐味だと思っていたからだ。
そのため、騒がれないように私とダンゴは私服でこの場に来ている。
さらにノドカにも変に目立たないように浮遊魔法を控えてもらうことも忘れていない。
そうして私たちの隣には余分となった席が2つ並んでいるのだが、誰も来る気配はない。
あの2人の為に用意した席ではあるが、やはりというか説得する暇も与えられないまま朝にはどこかに消えてしまっていた。
「ごめんね、私が昨日のうちに説得できればよかったんだけど……シズクが怖すぎて」
「あー……シズク姉様と、それにヒバナ姉様もだけどコウカ姉様のことになるとすごく怖い顔をするよね……」
ダンゴも思い当たる節があったらしく、納得したように頷いている。
ノドカも同様の反応だった。
「あーあ、でも折角ならみんなで応援したかったなぁ」
「あはは。まあ今回は残念だけどまた機会があるよ」
きっと未来のどこかでまたこんな機会が訪れる。その時にまた、みんなで揃えばいいのだ。
「……大丈夫」
「え、アンヤ?」
「……きっと来る」
慰めとも取れるような言葉だが、アンヤはどこか確信しているように見えた。
でも来ると言っても2人分のチケットが……あれ、チケットどこにやったんだっけ。
『レディースエーンジェントルメーン!』
風を使った拡声魔法により、男の声が広い会場に響き渡る。見ると、会場の真ん中にシルクハットを被った男が両手を広げて立っていた。
どうやら彼が進行役の男のようで全体の予定を告げた後にこれからエキシビションマッチが始まることを告げた。
「予選も本選もひっくるめて1日で済ませるのって結構、無理があるスケジュールだなぁ」
「あの人が予選でほとんどがいなくなっちゃうって言ってたね」
ダンゴが言うあの人とはあの進行役のことだ。
予選というのはグループ毎のバトルロワイヤル方式で行われ、なんと16ブロックに均等に分けられた中で1人しか残れない。
運が悪く、強敵揃いのグループに入ってしまえばそれだけで一気に予選突破が危うくなる。
しかも1日で全てを執り行うという性質上、魔力の使用は最小限にとどめる必要がある。
この大会は剣聖を決める大会ではあり、得物は剣に限定しているものの魔法は特に制限されていない。とはいえ、魔力量には限りがあるため好きに使うことも難しい。
もしかするとこの1日で執り行うスケジュールはそういった点を考慮してのことなのかもしれない。
どこで魔法を使うのかとか考えるのも結構面白そうだし、戦い方に幅が出る。
その点うちのコウカは私から魔力が供給されるため、ほぼ自由に魔法を使うことができる。6人に回している魔力の大半をコウカだけで使うことができるのだ。
それに私の魔力量はこの世界に来た時からは考えられないくらいに増加しているうえ、今でも凄まじい勢いで日々増え続けていた。
ズルをしているようだが、魔法に制限がないというのは大きなアドバンテージだ。
そんなことを考えているとついにエキシビションマッチが始まり、剣士の入場とともにアナウンスが流れる。
『西側のゲートからはお馴染みのこの男! 第一聖教騎士団団長、ヨハネス・フォン・シュッツリッター!』
「――ゲホッ、ゲホッ」
咽た。そして両隣の子たちが私の背中を擦ってくれる。
――どうしてこんなところにいるんですか……ヨハネス団長。
そのあと本当にヨハネス団長が出てきたうえ、妙に強かったのは言うまでもない。
そして遂に始まる。
剣聖杯の予選、16グループのバトルロワイヤルが。
「たしかコウカの番号だと……15番目のグループ?」
「だいぶ先ですね~ゆっくりと~眠れそう~」
大きなあくびをしたノドカは横になってしまい、私の膝の上に倒れこんだ。
どうやら本当にこのまま眠るつもりらしい。
「眠りづらくない? 枕持ってるでしょ?」
「これが~……いいの~……」
既に眠そうな声を出すノドカ。彼女がいいのなら別に私は構わないのだが。
「コウカ姉様が出てくるまで暇だなぁ。アンヤ、シズク姉様みたいに何か面白い話してよ」
「……無茶ぶりすぎ」
本から得た幅広い知識を持つシズクの蘊蓄は聞いている側としては結構面白いのだが、それをアンヤにも求めるというのは酷だろう。
「うん、ボクもそう思うよー」
「…………」
「ごめんってば」
とは言っても、それはダンゴも理解していたらしい。
何でもなかったかのように簡単に流すダンゴにアンヤがジトっとした抗議の目を向ける。なら最初からそんな話を振るなと言わんばかりの目だった。
小さく息を吐いたアンヤは《ストレージ》から水筒を取り出すと、中に入っているであろうココアを飲んで一服し、口を開いた。
「……アンヤは、話すのが……得意じゃない」
「うーん……まあ、そうかなぁ」
「……伝えるだけで、精一杯……だから、面白い話とか……期待しないほうが、いい」
思ったよりも重い話になってきた。
普段よりも下げられた目線はアンヤの心の落ち込み様を表しているようで、これは流石にダンゴじゃフォローしきれないかなと思い、助け舟を出そうかと考え始めた時だった。
「もう、だからってこれからのことは分かんないじゃん。アンヤは前と比べると話すのも上手くなってる。それにボクは今もアンヤと話しているの楽しいんだからな」
そう事も無げに言い切るダンゴ。気付いた時には、アンヤの目はまっすぐダンゴの目を見つめていた。
――なんだ。ちゃんとお姉ちゃんできるじゃん。
普段からそんな感じでアンヤと接していれば邪険にはされないだろうに。
多分、お姉ちゃんらしさを意識するといつもの面倒くさい感じの絡み方になるんだろう。
「……ずるい」
「え、なにが?」
「……やっぱり……ずるい」
「ボクに分かるように話してよぉ」
その後、すぐに剣聖杯予選開始のアナウンスが流れたのでこの話は中断されることとなった。
まずは各グループに所属する注目株の紹介から始まる。
知らない人間ばかりだが、やはり大きな大会ということだけあって本当に世界中から選手が集まっているらしい。
肩書や特徴など強そうだということくらいしか分からない紹介が続く中、第9グループの中についに知っている人物の紹介が流れた。
『選手番号9043番のベル選手は昨年度の本大会において本選に出場しています。人気も高く観客からの期待も集まる選手ではありますが今年度の大会においてはどう見ますか、解説のデニスさん』
『可憐ですからねぇ。実力もあるのでさらに人気が高まることでしょう。私のように足蹴にされたいという考えに至る人も増えるんじゃないですか?』
『えー、小柄な体躯からは想像も付かない荒々しい戦い方と繊細な俊敏さを兼ね備えた戦闘スタイルには目を見張るものがあります。ぜひ注目したいですね、はい』
剣を使う、強い、可憐、小柄。やはりあの私の冒険者の先輩かつ友人のベルなのだろうか。
そうして第9ブロックのことを心に留めつつ、コウカの出る第15ブロックまでは特に引っ掛かる紹介もなかったので聞き流す。
そしてついに第15ブロックの紹介だ。
『第15ブロック。本選に出場したことのある選手も多々見受けられますが、デニスさんは特にどの選手に注目しますか?』
『そうですねぇ、私も選手のプロフィールには一通り目を通し、すべての選手の登録には立ち合いました。その中で私のイチオシは選手番号15094番のコウカ選手ですねぇ』
ビクッと体が反応してしまった。完全にうちのコウカである。
まさかあの子が紹介されるとは思ってもみなかったため、完全に不意打ちとなってしまった形だった。というのも、言っては悪いがコウカは大会の出場経験もない無名の選手である。
一応、運営側にはコウカが精霊であることは知らされているはずだがそのことは公にはしないし、組分けにおける忖度もなしという約束だ。
いくら解説役の人が変な人だとはいえ、分別のつかない人ではないはずだ。
『コウカ選手……ですか? 今年初出場の選手で他大会における実績も見受けられませんがそれはまたどうして……』
『可憐な美少女だったから、ですねぇ。ホホッ、あれは相当な美女に成長しますよぉ』
よかった。別にコウカが精霊だからとかそんな理由ではないみたいだ。
……いや、よくはないんだけど。
『えー、16ブロック! 16ブロックに行きましょう! 16ブロックは……これは相当荒れるというか……むしろ荒れないというか……』
『16ブロックには本大会6連覇中のあの“ライゼ”がいますからねぇ。今頃16ブロックに配属された選手たちは顔を青ざめさせているところでしょう』
『他にも“西部の迅雷シュナイド”や“黄昏のサムソン”など入賞の経験がある選手が数人見受けられますが彼らにとってこの予選が正念場となりそうですね、デニスさん』
『プライドを捨て、徒党を組んででも対処したいところですねぇ。1人では勝つのが難しいということは彼らもよく理解しているはずですからねぇ』
ライゼ選手か。それほどまで強い人らしい。
こうして紹介も終わり、第1グループの選手たちが入場してくる。
ここから1人、本選に勝ち上がるのだ。
『それでは、剣聖杯予選第1グループ……開始ィ!』