テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【朝7時40分】
いつも通り学校の制服を着て教材と弁当が入ったカバンを肩にかけて、スマホを片手に電車を待つ。
(あっつぅ…)
顎を伝う汗を拭って、スマホの左上に表示されている時刻を確認した。
…あと4分後には来る。
(今日、人多いなぁ)
普段、視線がスマホの画面に向いているから気づいていなかっただけなのか、今日が特別多いのか。多分前者だ。
(今日数学小テストか…やば、勉強してない。)
スマホを見ながらそんなことを考えていると、駅内アナウンスが聞こえてきた。
『まもなく2番線に、特急〇〇方面の電車が通過します。
危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください。』
(よっしゃ風来い。一瞬でも涼みたい。)
点字ブロックギリギリのところに立って、特急の通過を今か今かと待つ。
ふぉぉん…
(来たっ)
その時
「…っ」
誰かに、背中を押された。
両掌で思い切り押された感触が、背中に残っていた。
後ろを振り向く暇はなくて、
犯人の顔を見る隙すら与えられず、
彼女の人生は突然終わった。
「と、言うことで
君には異世界に転生してもらいます!
はい拍手〜パンパカパーンヒューヒュー!」
「いや、意味わからん」
「分かるでしょ」
「分かるわけないでしょ?!」
真っ白な世界にただ2人。
ゆうかは金髪蒼眼、片目のない少年と対面していた。
100人中100億人が美しいと答えるレベルの美少年は、声を荒げるゆうかを見て深いため息をついた。
「えー、だるぅ。もっかい説明しないとダメ?」
「いやもう良い。説明はもう良い。」
「んじゃ何が分からないのさ」
「分からないっていうか…分かりたくないって言うか…」
「…あーね。やっぱり君も人間だ。
自分が死んだって言う現実は、そう簡単には受け入れられないか。」
「…」
「そんな君に、はいこれ」
「何これ」
差し出された両手に収まるサイズのガラス玉を覗き込む。
「君が電車に撥ねられて死んだっていう証拠。現実を受け入れるには、その現実と向き合うのが手っ取り早いと思って。」
「グロいわ、こんなん見せんな!!!」
「おっと危ない」
投げられた水晶は、少年の目の前で止まった。
「…慣性の法則って知ってる?」
「勿論、僕が創ったからね」
少年が指を鳴らすと、水晶は液状になって虚空に溶けていった。
「さてと」
少年は頬杖をついてゆうかの目を覗き込む。
夏の青空のように鮮やかな瞳に見つめられ、思わず目を逸らした。
「僕が全知全能の神様ってことは…いい加減信じてくれるかな。」
「…信じる、しか、ないんですよね…」
「敬語なんて今更良いよ。そもそも、君にはそう言うの求めてないから。」
「…何が目的?」
「ん〜?」
「おかしいでしょ。私がこんなことになるなんて」
(少し前、友達に異世界転生ものの漫画を貸してもらった…)
全てがそうと断言できない。
あれは架空の物語であって現実じゃない。
それでも、ゆうかの知る限りでは『異世界転生』する人物には、良くも悪くも個性があった。
社会不適合者だとか、死因が誰かを守ったからだとか、誰かから恨まれるような人物でその更生の為に強制的に転生させられるとか。
「私には本当に何もない。」
社会不適合者でも、それに類似する者でもない。
誰かのために死ぬとか、そんな度胸はない。
誰かに恨まれるほどひん曲がった性格でもないと思っている。
「私をその…異世界転生させて、アンタに何のメリットがあるの?」
白でも黒でもない。
何処にでもいる、普通の人間だ。
「メリット…メリットねぇ」
少年はしばらく考えて、閃いたように指を鳴らした。
「暇つぶし、かな!」
(最低…)
「いやいや、『僕』にとってのメリットがそれであって、『世界』にとってはもっと大きなメリットがあるのさ」
ゆうかの表情から思考を読み取ったのか、思考を読む能力があるのか。
どちらにしても、少年は少し焦った様子で付け加えた。
「世界…て?」
「これまで転生させてきた地球の人間はこの展開をすんなり受け入れていたから、こんなにしっかり説明するとは思わなかったなぁ」
「流行に疎くて悪かったね。そんで、世界ってどう言うこと?」
「君が今から転生する世界は、魔王がいて魔族がいて、反勢力として人間がいて〜って言う世界だ。先代の勇者の活躍によって6000年封印されていた魔王が覚醒しようとしているのさ。
そこで人間たちは新しい勇者を求めてる。それが君だ。」
「ゆーしゃ…あぁ、『魔王倒しちゃって〜』ってお願いされる人ね。」
「そーそー、それそれ。」
「…私が?」
「ざっつらい」
数秒間、その言葉の意味を理解するのに脳をフル稼働させた。
(ゆーしゃ…まおうたおす…たたかう…せんそう?)
「はい、神様」
さながら授業中、不明な点を先生に質問する時のようにピンと背筋を伸ばして挙手する。
「なんだい人間。」
それにノリノリで答える神。
「いやです」
「…マジ?」
「マジです。勇者になるの嫌です。」
「君って本当にテンプレブレイカーと言うか…夢がないって言うか…」
「これまでの転生者がどういう反応をしたのか知らないけど、私は勇者になりたくない。」
「それはどうして?絶対的な力とか、そういうのに憧れとかないの?」
「ない。私は、戦うのとか…そういうの無理。」
「成る程ねぇ。
転生してからその壁にぶち当たる人間はたくさん見てきたけど、転生する前にそういうこと言うのは君が初めてかも。」
「そう?私以外にもこう言う人いそうだけど。」
「僕が覚えていないだけかもね。
それより本当にしたくないの?向こうの世界の全ての人間が、君と言う存在を求めているんだよ?」
「私よりもっとふさわしい人はいるでしょ。第一、誰が何を求めていようと、他人の願いに応える義理は、私にはない。」
「成る程ね……いいよ、君は勇者としてではなく、ただの人間として転生させたげる。」
「いいの?」
「うん。何も勇者の資格を持つ者は君だけとは限らないからね。まだ魔王覚醒まで時間はあるし、別の適合者を探すよ。」
「やっぱり私だけじゃなかったんだね」
「まぁね。君は数多に存在する可能性のうちの一つに過ぎないから。
それよりついておいで。今から君に、転生先の世界について説明するから。」
「…分かった」
少年の後ろを歩いて数十分。
足元に人1人入れそうな穴が出現した。
「覗いてごらん」
少年に言われて覗いてみると、そこに世界はあった。
「これから君が新たな人生を歩む世界。
名を『ナインワルド』。
さっきの会話で大体わかったとは思うけど、この世界には魔法という概念が存在する。でも『回復』や『治癒』、『蘇生』といった魔法はないよ。腕が取れればそのままだし、死ねば生き返らないから、死なないように気を付けてね。」
「な、成る程」
その後、少年から聞いた説明をまとめると…
・ナインワルドには大きく分けて4つの種族が存在する。
人間族。まぁ説明はいらないだろう。
強いて言うなら個人差はあるが魔力を持つ。
獣人族。武術に特化した種族。
獣の特性である優れた五感と高い身体能力、人間の特性である器用さの両方を兼ね備えた種族である。人間族と共存しており、種族による差別は未だ解消されていないものの、割といい感じの関係は築けている。
妖精族。魔法に特化した種族。
エルフ、ドワーフ、ハーピー、フェンリルなど、聞き慣れた名前だろう。それだ。
そこら辺がいる。
魔族。他種族の脅威にして最大の敵。
その魔族の全てを支配しているのが魔王。『勇者』と呼ばれる人物は、この魔王を封じるために存在する。
「こう言うのってさ」
「うん?」
「なんで『倒す』んじゃなくて『封じる』なの?戦う度に封印するより、一度戦って倒した方が良くない?」
「勇者でも、魔王を倒すことはできないんだ。
それほど強大な存在なのさ。まぁ、君が勇者になったら、もしかしたら…ねぇ?」
「無理無理。
絶対私じゃないから、そういうのは。」
「あ、そう」
・魔法には大きく分けて火、水、風、大地、光、闇の6つの属性があり、それらはオリジンと総称される。オリジンから派生、変形した魔法は、オリジンよりも優れた性能を持っている。
・魔力は量ではなく質で計測される。
その質は大きく6つに分かている。
赤、青、緑、茶色、金、黒。
黒に近ければ近いほど魔族に性質が近く、金色は勇者の象徴。
色は生まれ持ったものから変わることはない。
「え、じゃあ生まれつき色が黒っぽい人ってどうなるの?」
「大体魔族側に堕ちるかな。
色が黒っぽいってだけで故郷を追放されたり、差別される。それが原因で闇落ちするんだけど、色が黒に近いから魔族と一緒なんてルール、僕は創った覚えないんだよね〜」
「あぁ、人の思い込みってやつね。」
「そうそう、それそれ」
「さて、他に何か聞きたいこととかある?」
「う〜ん…」
「絶世の美女に転生させて欲しいとか、大金持ちの家庭に生まれたいとか。」
「要らん要らん。
美女に生まれたら良くも悪くも目立つから嫌。大金持ちの家ってなんか複雑な家庭事情になりそうだし、貴族とかなら尚更よ。」
「欲も夢もないなぁ。まぁいいや。
んじゃあ見た目は今のままでいいかな。正直弄るの面倒くさいし。」
「遠回しに私の顔ディスってない?別にいいけどさ。」
「転生先は…そうだな、ここが良い。裕福でもなく貧困でもなく、両親の関係も悪くない。」
見てみる?と言われて、穴を覗いた。
そこには、幸せそうに笑っている2人の男女がいた。女の方はベッドに横になり、男はそのすぐそばで女の手を握っている。女の腹は膨れていて、ゆうかはあそこから産まれるかもしれないのだ。
「…優しそうだね」
「だろ?あそこにしてみる?」
「そんな軽いノリで…でも、うん、あそこが良い。いやでも、私があそこに入り込むのは烏滸がましいかな。」
「そんな事ないよ。」
「…」
すぐにゆうかの自虐発言を否定する少年。
しかし、
「君みたいに冷め切った人間は、一度あぁいう幸福に絆された方がいいからね!」
「…」
という発言で、全てが台無しになった。
拳が少年の顔面に到達する前に、見えない壁に阻まれることは目に見えていたので、殴りたい衝動をグッと堪える。
深呼吸をした後、挙手をした。
「今から行く…えっと」
「ナインワルド?」
「そう、そこには、魔法があるんでしょ?」
「うん。」
「私の魔力の質って6段階のうちどこら辺?」
「え、金だけど」
「…きん」
「金。だから言ってるじゃん。君は勇者の資格を持っているんだよ?それも、歴代最強になり得るほどの才能を秘めている。金以外あり得ない。」
ゆうかは深く息を吐いて、頭を抱えた。
「…マジかぁ…」
「なんか死んだ事よりもダメージ受けてない?え、そんなに目立つの嫌?」
「まぁ…うん。」
「そっかぁ…魔力の質は変えられるけど…」
「変えられるの?!」
「けど、一度変えたら二度と戻せない。それこそ、奇跡でも起きない限りはね。それでも良いなら…」
「いい!変えて!変えられるなら!」
「おぉ、すごいがっつくじゃん。」
「さてと…微調整も終わったし、最終確認と行こうか。」
「うん」
「『浅野ゆうか』という人物は死亡した。 君はこれから、『エムブラ・ソティーラン』としてナインワルドに誕生する。不慮の事態に備えて保険をかけておくけど…いいね?」
「うん。…なんか冷静になってみたらさ…本当に死んだんだね、私…」
「そーだねぇ。僕は君を突き落とした犯人を知っているけど、知りたい?」
「いーよ、知ったところでどうしようもないでしょ。」
「それもそうだね。んじゃ早速転生…と行きたいところなんだけど」
「?」
両手でゆうかを指差して、笑顔で言った。
「ゼロから人生が始まるなら問題なかったんだけど、君は前世の記憶を受け継いだまま転生することになる。」
「…?うん」
「前世の感覚が原因で魔法が使えない、なんてこともあるかもしれないからさ。」
「うんうん」
「ちょっと試し打ちしていかない?」
どこから出てきて、いつからあったのか。
ゆうかの背後には、「さぁ魔法を打ってください」と言わんばかりの的があった。
ゆうかは目を瞬いた後小さく息を吐き、そして軽めに突っ込んだ。
「…チュートリアルかな?」
異世界転生と聞いて、みんなどんなことを思い浮かべるだろうか。
見たことのない種族、見たことのない生き物、見たことのない文化。
私は、あまりこういうことに関心が向かなかったからうまく表現できない。けど、
勇者がいて、魔王がいて
争って、奪い合って
寄り添いあって、高めあって
傷ついて、ぶつかって
ほんの少し内容が違うだけで、前の人生と対して変わらないんじゃないかって思ってる。
「準備はいいかい?」
「うん」
「君の行きたいタイミングで、その穴に入りなさい。その瞬間、君の新たな人生は幕を開ける。」
「うん…あのさ」
「うん?」
「名前、聞いてなかった。」
「…名前?」
「もしかして聞いてほしくなかった?」
「いや、これまで聞かれたことなかったから…」
「…もしかして有名な神様?私が知らないだけ?」
「いや、単に転生者に質問されなかったってだけだよ。これは思い違いじゃない。本当に…初めてされる質問だな…名前、名前か…」
まぁ、細かいことは産まれてから考えるとしよう。
「オーディン。僕の名前はオーディンだよ。」
そういうわけで私は、
「オーディン…なんかダーウィンみたいな名前だね。」
「似てるっちゃ似てるね。それよりほら、早く行きなよ。」
「うん。またね、オーディン!」
「あぁ、良い人生を。」
異世界にて産声をあげるのだった。