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それからホテルに戻った、その夜──…
就寝前に尿意に襲われ、部屋を出てトイレに立ち、用を足して手を洗っていた。
洗面所の照明が鏡に映る自分をぼんやり照らしている。
もうすぐ就寝時間だが、昼間の遊び疲れとは裏腹に、アドレナリンのせいか妙に目が冴えていた。
沖縄の夜の静けさが、逆に意識をはっきりとさせる。
(明日も早いし……でもなんか眠れないなぁ)
そう思いながら手を拭いていると、ふと廊下の方から微かに足音が聞こえた。
ドアを開けて廊下に出ると。
「ん、恋か?」
横から聞き覚えのある、安心する声がして振り返ると、そこには尊さんの姿があった。
彼の右手には、使い込まれた黒い財布が握られていた。
「あっ尊さん!奇遇ですね」
「トイレ行ってたのか」
「はい、ちょっと尿意がして…って、尊さんは……?」
「喉が乾いてな、まだ消灯時間まで時間あるし飲み物でも買うかと思ってたとこだ」
「あ、なるほど」
俺は、一人で部屋にいるのが少しだけ寂しかったけれど、まさかここで尊さんに出会うなんて思ってもなかった。
心臓がトクンと跳ねる。
尊さんはそのまま、少しだけ照れくさそうに目線を逸らして続けた。
「……お前も来るか?」
「あっ、でも俺今財布持ってなくて…すみません、すぐ取り行ってきます!」
そう言って背を向けたところで、尊さんにガシッと手を掴まれた。
顔だけで「えっ?」と振り向くと、尊さんはぶっきらぼうに、でも優しく
「寒いだろ、手も冷たいし…飲み物ぐらい奢ってやる」
なんて言われて、キュンとしてしまった。
その不意打ちの優しさが、静まり返った夜の廊下でひときわ甘く響く。
その言葉が、その気遣いが嬉しくて。
「いいんですか?………じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります」
俺は、自分でも分かるくらい幸せそうな顔をしていただろう、思わず頬が緩んだ。
◆◇◆◇
フロアの隅に置かれた自販機の前まで行き
尊さんはいつも通りブラックコーヒーを、俺は暖かい午後の紅茶を奢ってもらった。
自動販売機の青白い明かりに照らされた尊さんの横顔が、深い夜闇に浮かび上がる。
「んわ……温かいです…っ、ありがとうございます」
取り出し口から出したばかりのペットボトルを両手で包み込むように持ってから、冷えた頬も温めるように当てて暖を取る。
「冷めないうちに飲めよ」
そう言われ、キャップを回して一口含むと、ほんのりした甘みが喉を滑り落ちていった。
外に出た時のひんやりした空気と相まって、体の中にじんわりと広がる温もりが心地いい。
「……今日は楽しかったな」
ぽつりと尊さんが呟く。
その声には、会社で見せるような鋭さや厳格さはない。
一人の男性としての、穏やかな響きだった。
「はい!そうそう、尊さんビンゴ大会でディズニーペアチケット当ててましたよね?」
「ああ、運良くな」
「あのとき……誰と行くか聞かれたときに『恋人と』って言ったじゃないですか?あれ、俺とってことです、か?」