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翌朝。新婚旅行、最終日。
「今日は絶対、変なことしないから」
「今日は、か。なら明日以降はいくらでもいいのだな」
「はあ!? そういう意味じゃないから!」
カイル殿下は小さく笑うと、馬車へ乗り込む前に私へ手を差し出した。
「お前を連れて行きたい場所がある」
「……どこですの?」
「行けば分かる」
***
離宮の本館を出て、馬車で広大な敷地の奥へ向かう。この離宮は建物だけではなく、周囲の森や丘、湖まで含めて皇室の所有地らしい。しばらくして馬車を降り、なだらかな丘を越えたところで――。
「……わあ」
思わず、声が漏れた。丘の向こうまで広がっていたのは、鮮やかな紫色の海。リュミエラだ。風が吹くたび、無数の花がさざ波のように揺れる。けれど――。
「…………」
私は足を止め、一番手前で咲き誇る花々へじっと視線を落とした。
「……ねえ、カイル殿下」
「何だ?」
「リュミエラって……こんなに大きな花でしたっけ?」
領主夫妻の子供たちが摘んできてくれたものは、せいぜい子供の膝ほどの高さだったはずだ。
ところが目の前の花々は、私の腰どころか、場所によっては胸元近くまで伸びている。
「本来はもっと小ぶりだ」
「やっぱり!」
カイル殿下は、居心地悪げに視線を逸らした。
「新婚旅行の日程が決まった時、この辺りに自生していたリュミエラを増やすよう管理人へ頼んだ」
「増やす?」
「ああ。最高品質の園芸用成長魔石を使わせたのだが……予想を遥かに超えて育ってしまったらしい」
「育ちすぎでしょう!?」
どう見ても、可憐な花畑というより紫色の迷路である。
「管理人からも『少々育ちすぎた』と報告は受けていた」
「少々どころじゃないわよ!」
思わず吹き出してしまう。けれど、改めて見渡せば――息を呑むほどに美しかった。風で揺れる花びらに触れる。
「これ、全部……私のために?」
「ああ。花束では足りないと思った」
「…………」
(どうして真顔でサラッと言ってのけるのよ……!)
カイル殿下が改まった面持ちで口を開いた。
「……ここへ連れてきたのには、もう一つ理由がある」
「え?」
彼が上着の内ポケットから、小さな箱を取り出した。
「覚えているか?」
「……何をですの?」
「花束もない。指輪もない。おまけに場所は馬車の中で、ロマンチックさに欠ける――と」
「…………っ!」
思い出した。あの日。戦いを終え、皇宮へ戻る馬車の中で――。
「……そこまで、根に持っていらっしゃいましたの?」
「根に持つに決まっているだろう」
「数年前の話ですわよ!?」
「あの日、お前に散々ダメ出しを食らったからな。だから今回は、何一つ文句は言わせない」
カイル殿下が、誇らしげに周囲の紫の海をぐるりと見渡した。
「花はある」
それどころか、見渡す限り花に埋め尽くされている。
「指輪もある」
開かれた箱の中には、透明な宝石をあしらった細身の指輪。
「今回は、馬車の中でもない」
「ふふっ……本当に……変なところで大真面目なんですもの」
カイル殿下は私の左手を取り、すでにある結婚指輪へ重ねるように新しい指輪を滑らせた。
「この宝石は、魔力を流すと色が変わる」
カイル殿下が指輪へ指先を触れる。
次の瞬間。透明だった石の中に、白銀の光が灯った。見慣れた、カイル殿下の魔力の色。
「お前も触れてみろ」
「私も?」
言われるまま、指先を宝石へ重ねる。
すると――。エメラルドグリーンの光が、白銀の中へゆっくりと伸びていく。
二つの光は、宝石の中で幻想的なオーロラのように揺らめいた。
「……綺麗」
思わず見惚れていると、カイル殿下が口を開いた。
「セレナが生まれてから、二人きりで過ごす時間もずいぶん減ったな」
「……そうですわね」
「これから先、もっと忙しくなるんだろう」
「ええ」
カイル殿下が、私の左手をそっと両手で包み込んだ。
「それでも――これからも、お前の恋人でいさせてくれ」
「……今さら、何を仰いますの?」
「何?」
「最初から、恋人をやめるつもりなんてありませんもの。だって私、あなたに──」
(――あ、やばい!! ものすごく余計なことを口走るところだった!!)
頬が火照る。
「やっぱり今のはなし!」
「続きを言え!」
私は包まれていた手をぱっと振り解くと、背の高いリュミエラの群生の中へと一目散に駆け込んだ。
「聞きたければ、捕まえてみなさい!」
「……言ったな?」
背の高いリュミエラの間を駆け抜ける。少し身を屈めれば、こちらの姿はほとんど見えない。
(この高さなら、私のほうが断然有利よ!)
「ソフィア? どこだ」
少し離れた場所から、カイル殿下の声が響く。 私は花の陰に隠れ、息を潜めた。――その直後。
「きゃっ!?」
背後から、彼の腕が私の腰を抱きすくめた。
「捕まえたぞ」
「なっ……!? いつの間に回り込んだんですの!? 早すぎますわよ!!」
「花の揺れと足音で分かる」
「…………」
(これ、もはや鬼ごっこじゃなくて追跡訓練になってない!?)
「ずるい!」
「何がだ」
「本気を出すなんて反則でしょう! 遊びなんだから、もう少しくらい加減してよ!」
「さあ、先ほどの続きを言え」
「嫌ですわ!」
腕の中にすっぽり収まったまま、じたばたと暴れる。
「離して!」
「約束が違うではないか」
「いいから、言え」
「恥ずかしいから絶対に嫌!」
「往生際が悪いぞ!」
「ああ、もう……っ!」
私はくるりと身体を反転させた。カイル殿下のシャツを掴み、ぐっと引き寄せる。そのまま勢いに任せて体重を預けた。
「おい――!?」
どさっ。
二人そろって、リュミエラの間の柔らかな草地へ倒れ込む。そのまま私は、カイル殿下の上へ跨がった。
「…………」
驚いたようにこちらを見上げる彼の唇へ、人差し指をそっと添える。
「これから先――何度でもあなたに恋をするわ」
カイル殿下の瞳が、わずかに見開かれる。
「ただし――調子に乗りすぎたら承知しないから」
やがて、これ以上ないほど愛おしげに目を細めた。
「……最高の恋人だな」
リュミエラが風に揺れ、紫色の花びらが二人の上へ舞い落ちる。その真ん中で――。どちらからともなく唇を重ねた。
コメント
1件
ああ〜もう、この二人ほんと尊いわ…!リュミエラが育ちすぎて迷路になってるの、カイル殿下らしい大げさな愛の表現だよね。それに過去のプロポーズを根に持ってリベンジするとか、変なとこで本気なの最高すぎる。そして「何度でもあなたに恋をする」って台詞でタイトル回収、胸熱すぎてやばい。花畑かくれんぼからの捕獲、最後は逆転で跨がるソフィアの攻めっぷりも良かった。また一話読めて幸せでした🔥