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ショコラの後継者候補としてのお披露目は、一先ずの成功となった。

その証拠に社交界は今、彼女の話題で持ち切りである。特に、フィナンシェの不在を知って夜会に参加しなかった令息たちの後悔は一入ひとしおだ。早くも皆、ショコラが参加する次の夜会はいつかとそわそわしているのだった。


しかし、相変わらず家の中で過ごしているショコラはそんな事を知る由もない。あの夜会の後は、後継候補となってからお墨付きを得た父の書斎での書物漁り…もとい、に勤しんでいる。

父は父で、仕事先で何度もショコラを褒められたのだが『調子のいい連中だ』と思っていたので、その事をわざわざショコラに伝える事は無かった。


結果、公爵家は本日も通常運転なのであった。





「!そろそろお姉様たちがお戻りになられる頃だわ‼お出迎えの準備をしなくっちゃ。」


この日も父の書斎で過ごしていたショコラはハッと顔を上げ、読んでいた物をパタンと閉じた。そしてそれを急いで元の場所へ戻すと、慌てるようにしてその部屋を出た。

今日はこれから、新婚旅行へと出掛けていたフィナンシェとクレムが帰って来る予定なのだ。


執事のファリヌと侍女のミエルを連れてテラスへ行くと、お茶の準備をして待った。

するとしばらくして、姉夫妻を乗せた馬車が屋敷に入ったとの報告が来た。それを聞いたショコラは、出迎えをするため玄関先へと移動した。


「お姉様、お義兄様、お帰りなさいませ‼」

「……ショコラ!!ただいま‼ああっ会いたかったわっ!」


邸宅の前に馬車が着くと、フィナンシェはいつものように急いで降りてそのままショコラに飛び付いた。


「お二人とも、ご無事のようで何よりですわ。」

「ああ、ショコラも元気そうだね。」


後から降りて来たクレムが返事をした。せっかくの姉妹のに水を差されたと思ったのか、フィナンシェはそれに対抗するかのようにして話に割り込んだ。


「お土産も話したい事も一杯よ!」


ショコラは「ふふっ」と笑った。


「それではテラスへ参りましょう。お茶の用意をしていますわ。」


そうして移動した三人は、茶を楽しみながらここしばらくの間の事を互いに報告し合った。




「――そうか、夜会でのお披露目は上手く行ったようで良かったよ。……ところでショコラ。君が次期公爵候補になったのはいいとして、その“次”の代の事はどう考えているんだい?この間の話を聞いていると、婿を迎える気は無いようだったが…。」


……そうなのだ。妹を溺愛するフィナンシェが許さない、という事はさておき……ショコラ自らが後継者候補になったのは、“後継者となる婿を迎えないから”という事が理由の一つにあった。自分と結婚する事になる相手が不憫だからと言って……。

という事はつまり。

ショコラの「次」は、赤ん坊の内から養子を引き取って育てるというつもりででもいるのだろうか……と、クレムは考えていたのだが――…


「それはもちろん、私が子を産みますわ!お義兄様、私は女なのですよ?結婚などしなくても、自分の子は持てます。そこが殿方とは違うところではありませんか!」

「ゴブッ」


ショコラは誇らしげに胸を張ってそう答える。フィナンシェは思わず飲んでいた茶を噴き出してしまった。


「………………。」


クレムは笑顔を引きつらせ、返答に困っていた。聞きたい事、聞かねばならない事が山のようにあった。


「………………ええと……、ショコラ?そうは言っても…一人では、産めないのだよ……?」

「そんな事は、もちろん分かっていますわ。」


困惑の末、途切れ途切れに言葉を絞り出すクレムに対し、ショコラは笑顔であっけらかんと答えた。


「そ…それじゃあ、そのお相手は、どう…するつもり、なのかな……??」

「それはどなたでも構いません。それこそ、その辺を歩いている方でも何でも。私が産めば、相手が誰であろうとオードゥヴィ家の血を引いた子に間違いはありませんもの。」


どなたでも構わなくはない。クレムはすっかり青くなった頭を抱えた。


「いや、その辺の人と言うのは……相手の血筋も問題にされてしまう事はよくあって……じゃない、いや、待ってくれ……。」


常に冷静なはずの義兄は、珍しく激しい動揺に見舞われていた。


「ショ……ショコラ、どうしたら子が出来るのかは……分かっている、のかい…………⁇」


慎重に言葉を選ぶクレムだったが、フィナンシェに鬼のような形相でギッッときつく睨まれてしまった。……そうは言っても、仕方が無いではないか……

ショコラは得意気な顔で答えた。


「もちろんです!殿方と一緒に眠ればいいだけでしょう?そんな簡単な事、いつでもどなたとでも出来ますわ!」


義妹は一切の臆面もなく言い切った。

夫婦は無言のまま、横目で互いに目を見合わせた。そしてショコラには聞こえないようにして、小さな声でこそこそと話を始めた。


「……あれは、一体どういう意味なんだろう……比喩的な、そういうモノでは……」

「言葉通りですわ!それ以上でも、それ以下でもありません。あの表情をご覧なさいな。」


クレムたちはちらりとショコラを見た。彼女はキョトンとしている。二人が突然ひそひそと話を始めた事を不思議に思っているようだ。


「この歳で……その解釈は不味いだろう!」

「そんな事おっしゃったって、この家にはあの子にそれを教える者なんていなかったのだもの。……と言うより、私の可愛いショコラに不潔な事を吹き込む輩がいたら、八つ裂きにして追い出してやるわ‼」

「それは…そうかもしれない(?)が……」


クレムはさっきよりも深く頭を抱え込んでしまった。顔色はもはや、青というより土気色だ。


「――…ところで君は、そういう事はどこで知ったんだ?」

「そんなもの、いつかの夜会で偶然聞かされてしまったのよ!疲れて物陰に隠れて休んでいたら、それに気付かないどこぞの下品なお貴族サマたちが近くでそんな話を始めてしまって……。途中で出て行くわけにもいかないじゃない。そういう貴方こそ、どこでお知りになったの?」

「まあ……大体同じだ。諸先輩方の話に混ぜられて…だね。」

「ほぉら‼夜会なんて所詮そんなものですわ。…だからショコラをになんて行かせたくないのに……。あの綺麗な耳が穢れてしまうわ!ああ、吐き気がする!!」


姉夫妻は深い溜息をついた。

……ちなみに、この一部始終を見守っていたミエルはクレムたちのように顔を青くしていたが、ファリヌの方は大した事ではないかのようにいつもと変わらずツンとしている。そして当のショコラはと言えば、その場の妙な空気の理由が全く分からず、一人謎を深めていたのだった。




――それにしれも、この場所でこうしてゆっくりとお茶をしながら話をするのはどのくらいぶりだろう。あのグゼレス侯爵の以降、色々とバタバタする事が多くなってそんな暇はなくなっていた。ここへ来て、ようやく落ち着きを取り戻したような気がする……。ショコラはそう感じていた。

そんな時だった。


「――…皆様、お話し中のところ申し訳ございません。」


不意に、家令のオルジュがやって来た。


「ご連絡は無かったのですが、お客様が参りまして……。」


三人は思わず顔を見合わせた。……既視感が……。


「もしかして、またグゼレス侯爵様かしら⁇お姉様が帰っていらしたから、会いにいらっしゃったとか……。」


さっき“あんな事”を考えていたから、噂をすれば影……みたいな事だろうか?とショコラは思った。するとオルジュは首を振った。


「いいえ、侯爵様ではございません。それに、今日はショコラ様にお会いしたいという方でごさいますよ。」

「私に?一体どなたが⁇」

「“ヴァンブラン公爵家”のご令嬢でございます。お通ししてもよろしいですか?」


ヴァンブラン公爵家の令嬢……?

ショコラにそんな親交などあるわけはなく、会った事すら恐らくは無い。にも拘らず、会いに来た理由が解らない……。

だが、相手は公爵家の令嬢だ。グゼレス侯爵のような事は無いだろう。


三人は再び通してみる事にした。


『――…ヴァンブラン公爵家といえば、確か代々経済と財政の部門を取りまとめていらっしゃるお家だったはずだわ……。そのご令嬢が私に会いに?……外交にはお金がかかるからかしら……。だからその事で、公爵候補の私と話がしたいとか⁇』


ショコラが色々と考えを巡らせていると、向こうの方から少し気の強そうな令嬢が姿を現した。その後ろには、侍女とみられる女性と、オルジュと同じかそれより少し上と思われる老紳士の二人を引き連れている。


「……あら、ヴェネディクティン伯爵とフィナンシェ様もいらしたのね。お邪魔だったかしら……。皆様ごきげんよう。」


彼女はショコラたちがいるテラスのテーブルまでやって来ると、軽くお辞儀をした。それからショコラと目を合わせて言った。


「貴女が、ショコラ様ですわね?――わたくしは、ミルフォイユ・スリズ・ヴァンブランと申します。お初にお目にかかりますわ。急ぎでしたので突然の訪問、お詫びいたします。」


もう一度きちんとした挨拶をした彼女は、ミルフォイユという名らしい。それにしても、何と優雅な立ち居振る舞い――…

ハッとしたショコラは慌てて立ち上がると、同じようにしてお辞儀を返した。


「これは、ご丁寧に…。わたくし、ショコラ・フレーズ・オードゥヴィでございます。――それで、急ぎとはどのようなご用件でしょう?あっ、こちらへどうぞ。すぐにお茶をご用意いたしますわ。」


そう言って、思わず自分が座っていた席を案内してしまう。……しまった。

他の令嬢とまともに会話をするのはほぼ初めての事で、何だか少し落ち着かない。こんな体たらくでは、とても同じ公爵令嬢とは思えないな、とショコラは己を恥じた。

そんな彼女に、ミルフォイユはにこりと微笑んだ。


「ありがとう。でも結構ですわ。貴女に少し伺いたい事があって来ただけですから。すぐにお暇いたします。」

「――…?」


初めて会ったというのに、聞きたい事があるとは……。それはやはり、仕事の関係の話だろうか――…

ショコラがそんな事を考えていると、その口からは思いもよらない言葉が飛び出した。


「貴女、“サヴァラン・ミュスカ・ヴァンロゼ”の事を、どうお思い?」


……………………???

たぶん……、それは人の名だ。そして全く聞いた事のない名だ。

ショコラは目をぱちくりとして固まってしまった。


「さ、サヴァ…ラン?様……とは??」


ショコラは、人形が操られているような動きで首を傾げている。その様子を見たミルフォイユは、サアッと表情を変えた。


「……貴女、全くご存知ないの??――…ぁ」

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〰〰〰〰〰〰〰!!!!!」


ミルフォイユが何か言い掛けた時、後方から大声を上げながら、何者かが物凄い勢いで走って来た。そしてミルフォイユの腕をぐいと掴んだ。


「……何やってるの、ミル‼」


やって来た人物は、真っ青な顔で息を切らせながら半泣き状態になっている。が、すぐにハッとして我に返ったようだ。

彼は勢いよくこちらに向かって頭を下げた。


「あっ…ヴェネディクティン伯爵にフィナンシェ様まで……お騒がせして申し訳ございませんっ!ショッ、ショコラ様も……ミルフォイユの事は、どうぞお気になさらずに……」


さっきまで青白い顔をしていた人物…青年は、今度は顔を赤くしてもじもじとし始めた。


『あら…?この方、どこかで見かけたような――…』


ショコラはその顔に見覚えがあった。……ただ、いつ、どこで、だっただろうか――…。そんな機会はあまり無いのだからすぐに思い出せそうなものなのだが……

そんな事を考えていると、目の前にいたミルフォイユが青年に対して声を上げた。


「放して頂戴!もうっ貴方がしっかりしないから、こうしてわたくしが来て差し上げたんでしょう⁉」

「ちょ、ちょっとミル!」


突然やって来た二人は、突然口喧嘩を始めた。それを見ながら、ショコラはぼんやりとしていた。

……一体、今何が起こっているのだろうか……⁇


「それよりも!サヴァラン、貴方まっっったく認識すらされていないじゃないの!どうなってらっしゃるの⁉わたくし、開いた口が塞がらなくってよ‼」

『……この方が、“サヴァラン様”……』


状況が呑み込めないながらも、その会話から何とか手掛かりを探り当ててみる。さっきミルフォイユが言っていたのは、この青年の事らしい。謎が一つ解けた。


「とにかく、突然押し掛けるなんてご迷惑だよ。今日はもう帰ろう、ね?病み上がりなんだから、無理しないで……。それでは皆様、失礼いたします!」

「また馬鹿にして…あっまだ話は……」


サヴァランはミルフォイユの腕を引いて来た道を戻ろうとしている。しかし足掻あがく ミルフォイユは、こちらを見ながら大声を張り上げた。


「ショコラ様!また今度、ゆっくりお話しいたしましょう――!!」


そうして最後まで抵抗する彼女を引きずりながら、サヴァランたちは慌ただしく帰って行った。これまた嵐のような訪問だった。

その場に残されたショコラたちは、ポカンとしていた。


「……な……何だったのでしょう……?」

「う――――ん……。」


……突然の訪問者を見送りながら、クレムとフィナンシェは思っていた。


『あの二人は……確か、許嫁同士だったはず…だが……』

『あのサヴァランとかいうのは、どう見てもショコラに気がありますわね。』


二人は、何となく嫌な予感を覚えた。

一方のショコラは、その時やっとある事を思い出していた。


「ああっそうだわ‼あの方、お姉様たちの結婚式にいらしていたのよ!」


そうだ、屋敷の庭で行った披露宴の際、声を掛けて来た青年――。あれがサヴァランだったのだ!頭に掛かっていたもやが、ようやくすっきりと晴れた。

……だが、あの時は大した会話もしていなかったはず――…。なのにここまで来たという事は、自分が何か失礼な事でもしてしまったという事だろうか。その抗議をしに……??

と、ショコラはいらぬ不安を感じていたのだった。






――ミルフォイユとサヴァランを乗せた馬車は、ヴァンブラン公爵家へ向けて帰路に就いていた。その中でもまだ、喧嘩は続いている。


「ミル、ああいう事は本当にやめてって言ってるじゃないか……。君の屋敷へ行ってこの話を聞いた時、どれだけ焦った事か……。僕は僕のやり方でやって行くから、余計な事はしないで。」

「貴方が上手くやれているなら、わたくしだって何もしませんわよ!もうっもう!貴方結局、名乗りすらしていない事に気付いていて?せっかくの機会を棒に振ってしまうなんて……〰〰〰!」


出来るだけ穏便に宥めようとしているサヴァランに対し、ミルフォイユの方は彼に対する苛立ちが収まらないようだ。


「先日の王宮での夜会の事、貴方だって聞いているのでしょう?恋敵が山のように湧いてしまいそうではないの!わたくし、居ても立っても居られなくなってしまったのよ。…だからあの日、わたくしの事など放っておいて夜会へ行っていれば良かったものを……。」

「ミルが寝込んでるのに、そんな事出来ないよ……。それに、あの日ショコラ様が参加されるだなんて、知らなかったし……」


――…『そういう優しさの方が余計だ』と、彼女は複雑な心境になった。

ショコラは外へ出て行くようになった。こうしている今だって、もしかしたらその心を奪うような出会いがあるかもしれないのだ。奥手のくせに「自分のやり方で」なんて悠長な事を言っていたら、取り返しがつかなくなるかもしれないのに――…


「……本当、間の悪い方ね。そんな事では、どこかのどなたかに持って行かれてしまいますわよ!」


プイとそっぽを向き、ミルフォイユは憎まれ口を叩いた。


その頃、オードゥヴィ公爵家の屋敷では――…


『――…でも、そういえばミルフォイユ様は“また今度ゆっくりお話ししましょう”とおっしゃっていらしたわね。は悪い感じではなかったわ。……もしかして、私にもお友達が出来るのかしら⁉何だか、またお会いするのが楽しみになって来たわ!』


……残念ながら、ショコラの興味はサヴァランにではなく、ミルフォイユの方に傾いてしまったようだった。

姉が絶世の美女なので、

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