テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
捨てられた、って言葉は、
たぶん正確じゃない。
だって、いあんは最初から
「大事に保管されていただけ」だから。
でも――
使われないまま終わったものは、
捨てられたのと同じだ。
ステージの裏は、冷たい。
照明の熱も、歓声も、
ぜんぶカーテンの向こう側にあって、
いあんの立っている場所には届かない。
「──新グループ、四名です!」
その瞬間、
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
四名。
いあんの名前は、呼ばれなかった。
(あ、やっぱり。そうだよね)
驚きより先に来たのは、
納得だった。
期待なんてしてなかった。
ここ一年は。
十歳で大手芸能事務所_NRL_に入所してから、早くも四年。
「最年少の才能」
「秘密兵器」
「まだ早い」
その言葉を、何百回聞いただろう。
(“まだ”って、いつだろう?)
ずっと待ってた。
ちゃんと努力してた。
レッスンを休んだことなんて、一度もない。
ずっと考えてきた、デビューのこと。
レッスンが終わっても、遊びに行っても、学校でも。
喉が潰れそうでも歌ったし、振付を覚えるのが遅い子がいたら、一緒に残った。
だから、後輩たちは、いあんを慕ってくれた。
「いあんちゃんみたいになりたい」って。
でも同期は違った。
目を合わせると、
一瞬だけ空気が張りつめる。
(私が出たら、誰かが落ちる)
そう思わせてしまう存在だって、
いあんは気づいていた。
それでも、
(だから出ない、は違うでしょ)
控室に戻る途中、
モニターに映る同期たちを見る。
笑顔。
震える声。
「夢だったデビューです!」
(私も、夢だったよ)
同じ夢を、同じ場所で見ていたはずなのに。
「一杏」
マネージャーが声をかけてくる。
「今日は見学で。
君は“炎上が怖い”タイプだから」
その言葉で、全部わかった。
(ああ、私は“危ない”んだ)
感情が出る歌。
目が語ってしまう表情。
それはアイドルとしての武器だと、
ずっと思ってた。
でも、この事務所では
リスクだった。
「今は、売れてる子を優先する時期なんだ」
その一言で、
四年間が片付けられた。
数日後、会議室。
「契約は、終了です。四年。」
淡々とした声。
優しい言葉。
「君の才能は本物だよ」
「でも、今じゃない」
(また、それじゃん)
“今じゃない”は、
未来をくれる言葉みたいで、
実は何もくれない。
事務所を出た瞬間、
足が動かなくなった。
ここが、いあんの全部だった。
十歳から、十四歳まで。
友達より、勉強より、ここにいた時間の方が長い。
なのに。
(私は、いらなかったんだ。)
胸が苦しくて、
息の仕方がわからなくなる。
(私は違ったんだ。)
初めて、涙が出た。
誰にも見られない場所で、
声を殺して泣いた。
「……っ、なんで」
努力が足りなかった?
可愛くなかった?
おとなしくしてればよかった?
違う。
答えは、最初から一つだった。
(私は、都合が悪かった、そう思いたい)
その夜、
スマホに流れてきたニュース。
――NRL、新グループ大成功。
キラキラした写真。
祝福のコメント。
画面を見つめながら、
いあんは、静かに思った。
(……絶対、後悔させる)
恨むとか、壊すだとか、
そういう復讐じゃない。
もっと残酷で、
もっと静かな復讐。
アイドルとして、生き残ること。
私を捨てた事務所が、
「手放さなければよかった、私たちは間違えた」と
思わずにはいられない場所まで行く。
そのためなら。
泣いてもいい。
苦しくてもいい。
一人でもいい。
「私は、歌う」
誰に選ばれなくても。
居場所がなくなっても。
歌うことだけは、
奪われなかった。
十四歳。川井 一杏_かわい いあん。
捨てられた元・秘密兵器。
――
私の復讐は、
ステージの上で始まる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!