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臨海学校最終日。
食堂での朝食には、昨日の潮干狩りで採った貝をふんだんに使った豪華なメニューが並んでいた。
ルシンダは自分の分の料理を取って席につく。
「ミア、見て! 貝づくしだよ」
「本当ね。炊き込みご飯とあさりのお味噌汁もあればいいのに」
ミアと話していると、近くの席からマリンとキャシーのお喋りが聞こえてきた。
「ねえ、聞いて! 昨日の夜、出たのよ……」
「え、何が?」
「だから、幽霊よ、幽霊。誰もいないはずの五階の空き部屋から夜中に物音が聞こえてね、同じ部屋の子が様子を見に行ったの。そしたら青白い光に包まれた女の人が悲しそうにすすり泣いてたんだって……!」
「え〜! あの噂、本当だったんだ! こわ〜い」
「すぐ見廻りの先生に捕まったから、ちゃんと姿が見れなかったけど、華奢で美人っぽい雰囲気だったって」
二人できゃあきゃあ盛り上がっているが、きっとその幽霊の正体はスマホ魔道具で通話していたルシンダだ。美人っぽかったというのは照れてしまうけれど。
(怪談話って、きっとこうやって作られていくんだろうなぁ……)
なんとも言えない気持ちでスープを飲んでいると、アーロンとライルがやって来た。
「ルシンダ、おはようございます」
「ここ、座ってもいいか?」
「アーロン、ライル、おはようございます。もちろんです、どうぞ」
アーロンとライルがルシンダの向かいの席に座る。
「昨日、肝試しから帰った後、元気がなさそうだったが大丈夫か?」
「まさかエリアス王子に何かされたのでは……?」
二人に心配そうに尋ねられ、ルシンダは慌てて両手を振った。
「いえ、そんなんじゃないです……! ちょっと色々疲れが出てしまったみたいで。でも、夜はぐっすり眠れたので大丈夫です」
「それならいいのですが……」
昨晩クリスと話してから、心の中に沈んでいた澱のようなものが、すっと薄まっていったのを感じた。
クリスに心の傷を打ち明け、それを丸ごと受け入れて肯定してもらえたことが嬉しかった。
クリスの包み込んでくれるような深い愛情が心地よくて、魔道具越しの会話しかできないことが歯がゆいような、自分がすっかり甘えたになってしまったような気分だった。
(伯爵家に引き取られて一番よかったのは、クリスお兄様に出会えたことだな)
優しく頼りになる義兄のことを思い出すと、自然と顔が綻ぶ。
「どうしたんだ、ルシンダ? 思い出し笑いなんかして」
「あ、いえ、何でもないです! ところで、みんなは肝試しでどうだったんですか?」
クリスのことを考えていたとは何となく恥ずかしくて言えず、咄嗟に別の話で誤魔化すと、ミアが面白そうに話し出した。
「そうそう、噂で聞いたんですけど……ライル様、別のクラスのご令嬢に告白されたんでしょう?」
「……っどこでそんな噂が」
少しむせた後、ルシンダのほうをちらりと見ながらライルが尋ねる。
「ふふ、恋バナの噂は回るのが早いんですよ。……で、返事はどうなさったんですか?」
「もちろん、断った」
「そんな、せっかくだから付き合ってみるとよかったのでは?」
にっこりと微笑むアーロンに、ライルがむっとした表情を向ける。
「それじゃあ、アーロンなら一度も話したことのない令嬢に告白されても、せっかくだから付き合ってやるんだな?」
「いや、それはしないですけど……。ルシンダ、誤解しないでくださいね」
「ああ、誤解しないでほしい、ルシンダ。俺は別に誰でもいい訳じゃなくて……」
なぜか執拗に誤解されることを気にかけている二人に、ルシンダは深くうなずいてみせた。
「はい、分かってます。アーロンもライルも、とりあえずの恋人が欲しいわけじゃないんですよね」
二人も年頃の男子だ。きっと「恋」というものに憧れているのだろう。
「恋、してみたいですよね」
二人に共感を示そうと思ってそう言ってみれば、なぜかアーロンとライルはぎょっとしたようにルシンダを見つめた。
「……ルシンダ、恋がしたいんですか?」
「ま、まさか誰か気になる奴が……?」
「いえ、あの、サイラス先生が──」
「サイラス先生!? くっ、ルシンダを誘惑するとは教師の風上にも置けない……」
「女子に人気だと聞いてはいたが、まさかルシンダまで……。もしかして年上が好みなのか……?」
なぜかルシンダがサイラスを好きだと勘違いした二人が揃って頭を抱え出したので、ルシンダは慌てて否定した。
「ちっ、違います! サイラス先生が、恋は大切で、魔力アップにもつながるって言ってたので、私も恋をしてみたいかもしれないと思って……。身近な人に目を向けるのがお勧めだって言われました」
きちんと説明すると、アーロンもライルも落ち着きを取り戻した。しかも手のひら返しがすごい。
「そうでしたか。素晴らしいアドバイスですね。教師の鑑のような方だ」
「俺もサイラス先生の言うことを聞くべきだと思う」
「身近で、小さな頃から知っている人とか……」
「印象的な出会いをした人が特にいいだろうな」
やけに前のめりなアーロンとライルの勢いに気圧されつつも、二人ともサイラスのアドバイスに感謝をしているようなので、教えてあげてよかったと満足した気分になる。
そんなこんなで朝食の時間は楽しく過ぎていった。
朝食を終えれば、少しの自由時間のあと、臨海学校は終了となって帰宅するだけだ。
部屋に戻って荷物をまとめてしまおうと、ルシンダが食堂を出ようとしたとき、目の前にエリアスが現れた。
「──ルシンダ嬢、少し時間をもらえないかな?」