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怒りに任せて、心底鬱陶しそうに叫んだ。
言った瞬間、直哉のすべての表情が、ガラスのように凍りついた。
直哉の瞳の奥から、すべての光がすっと消え失せていく。
「……そっか」
驚くほど、静かで、冷え切った声だった。
「兄さん、俺のこと、そんな風に思ってたんだね」
「いや、違う、今のはその言葉の彩っつーか───」
「……ごめん」
直哉はそれだけを呟くと、俺の腕から静かに手を離した。
そして、一度も振り返ることなく、背を向けて教室を出て行ってしまう。
遠ざかっていく大きな背中を前に
俺は反射的に追いかけようとして────
けれど、プライドが邪魔をして足を止めてしまった。
なんであんなことを言っちまったんだ、という後悔と
引き止められなかった意地が、胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
◆◇◆◇
その日の夜の我が家は、一言で言って最悪だった。
リビングに帰っても、直哉は俺と一切目を合わせようとしなかった。
「兄さん、ご飯、できたから」
「あ、うん……」
会話はそれだけ。
いつもなら、俺が椅子に座った瞬間にぴったりと隣の席を陣取り
肩を触れ合わせながら「今日ね、学校でさ!」と犬のようにうるさいくらいに喋りかけてくるはずなのに。
静か。
リビングが、耳が痛くなるほどに静かすぎる。
「……」
食卓を満たす、鉛のように重い沈黙。
親たちは仕事の話に夢中で二人の異変に何も気づいていないけれど
俺だけが、隣から一切伝わってこない直哉の体温に
変に落ち着かなくて箸がうまく進まなかった。
風呂上がり。
頭をタオルで拭きながら廊下を歩いていると、向こうから部屋に戻ろうとする直哉とすれ違った。
「あ、おい────」
「……おやすみ、兄さん」
直哉は立ち止まることもせず、掠れた声でそれだけを告げると
風のように俺の横を通り過ぎていった。
パタン、と静かに閉まるドアの音。
待て。なんだそれ。
いつもなら「あ、兄さん風呂上がり? 良い匂いする!」とか言って
廊下だろうがどこだろうが絶対に抱きついて、髪を乾かしてくれようとするだろ。
……いや、違う。
俺が昼間、あいつに向かって『重い』って拒絶したんだ。
直哉はただ、俺の言葉を忠実に守って、距離を置いてくれているだけじゃないか。
「っ……」
それなのに、胸の奥がドロドロとしたモヤモヤで満たされて、ちっとも眠れそうになかった。
◆◇◆◇
翌日
学校でも、直哉の『完璧な普通』という名の拷問は続いていた。
廊下を通りかかると、直哉はいつものように大勢の女子生徒たちに囲まれて
爽やかに笑いながら、学校の人気者として完璧に応対していた。
いつも通りの、完璧な外面だ。
けれど。
あいつは、俺の姿が視界に入っても、一ミリも近づいてこようとしなかった。
「……チッ」
窓際の後ろの席から、中庭にいる直哉を見下ろしながら、思わず小さく舌打ちが出る。
なんか、無性に腹が立つ。
いや、違う。
腹が立っているんじゃない。
本当は、自分がどれだけあいつの特別に甘えていたかを思い知らされて
死にそうなくらい寂しいのだ。
「相川、お前今日なんか妙に元気なくね? 体調悪いとか?」
「え、あー……いや、ちょっと寝不足なだけ」
昨日カラオケをドタキャンする形になった友達に心配されても
本当の理由なんて口が裂けても言えなくて、引きつった笑みで誤魔化すしかなかった。
昼休み
購買へ行く途中の廊下の向こうで、またしても女子に囲まれている直哉の姿が視界に入った。
「田口くんって、本当にいつも優しくて神対応よね!」
「ねぇねぇ、ぶっちゃけ今、彼女とかいないの!?」
直哉は少し困ったように頬を掻きながら、営業用の甘い笑みを浮かべている。
その顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと、雑巾みたいに強く締め付けられた。
(……俺にしか見せないって言ったくせに、他の奴にも見せてんじゃん)
いや、違う。
あいつを普通の距離に追いやったのは俺だ。
なんなんだよ、これ。
自分の身勝手さに反吐が出そうになる。
その時、直哉がふっと視線を動かし、廊下の端に立ち尽くしている俺の方を見た。