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桜空

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「……行ったかな。」
本棚の陰から、先輩がそっと顔をのぞかせる。
図書室の扉は閉まっていて、さっきまで聞こえていた女子生徒たちの声ももうしない。
「大丈夫そう。」
その言葉に、私はようやく息を吐いた。
……近かった。
近すぎた。
まだ顔が熱い。
「ごめんね。」
「え?」
「巻き込んじゃった。」
先輩が少し申し訳なさそうに笑う。
テレビではいつも完璧な笑顔なのに、こんな顔もするんだ。
「だ、大丈夫です。」
「ほんと?」
「……はい。」
私が頷くと、先輩はほっとしたように息をついた。
そのとき、校内に下校を知らせるチャイムが響く。
「あ、もうこんな時間。」
私は慌てて鞄を持った。
「家、どっち?」
突然聞かれて、私は目を瞬かせる。
「駅のほうです。」
「俺も。」
そう言って、先輩は私の鞄を見た。
「一緒に帰る?」
「……えっ。」
「嫌ならいいけど。」
嫌なわけない。
でも……。
国民的アイドルと一緒に帰るなんて、そんなことあっていいの?
私が固まっていると、先輩が小さく笑った。
「その顔、面白い。」
「お、面白くないです……。」
「ふはは。」
先輩は楽しそうに笑う。
なんだろう。
テレビで見るクールなイメージと全然違う。
「行こ。」
そう言って、先輩は私より先に歩き出した。
私は慌ててその背中を追いかける。
夕暮れの廊下。
窓から差し込むオレンジ色の光。
いつもと同じ学校なのに、今日は少し違って見えた。
校門を出ると、風がふわりと吹く。
「学校、楽しい?」
隣を歩きながら、先輩が聞いた。
「え……普通です。」
「普通か。」
「先輩は?」
すると、先輩は少し考えてから答えた。
「俺も、普通になりたいな。」
その声が、どこか寂しそうで。
私は思わず先輩を見上げた。
「……アイドルって、大変なんですね。」
「うん。楽しいこともいっぱいあるけどね。」
そう言って笑う。
でも、その笑顔の奥に、少しだけ疲れた色が見えた気がした。
駅までの道は、思っていたよりあっという間だった。
信号で立ち止まったとき。
「そういえば。」
先輩が私を見る。
「彩って、よく笑うよね。」
「……え?」
「自分では気づいてない?」
私は首を横に振る。
そんなこと、言われたことない。
「本の話してるときとか、さっき俺と帰るってなったときとか。」
「わ、笑ってました……?」
「うん。」
先輩は少し目を細めた。
「かわいい。」
――え。
今、なんて?
私は足を止める。
「せ、先輩……。」
「ん?」
「今……。」
そこまで言って、言葉が続かない。
すると先輩は、一瞬目を見開いてから、ふっと笑った。
「あ、口に出てた。」
「……!」
顔が熱い。
熱すぎる。
私は俯いた。
「ごめん。」
そう言いながらも、先輩はどこか楽しそうだ。
「でも、本当にそう思った。」
心臓が、うるさい。
こんなの、絶対に普通じゃない。
そのとき、信号が青に変わった。
「ほら、行こう。」
先輩が先に歩き出す。
私は少し遅れて、その背中を見つめた。
どうしてだろう。
さっきまで『遠い世界の人』だったはずなのに。
今は少しだけ、その背中が近く感じる。
駅に着くと、先輩が立ち止まった。
「じゃあ、また図書室で。」
「……はい。」
「彩。」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「明日も来るから。」
その言葉と笑顔を残して、先輩は改札の向こうへ消えていった。
私はしばらく、その場から動けなかった。
――明日も。
そのたった一言が、どうしようもなく嬉しかったから。
だけど私はまだ知らない。
明日、その『秘密の時間』を見てしまう人がいることを。
コメント
1件
みぃちゃん、読み終わったよ〜🥀💭 「かわいい」って口に出しちゃった先輩、可愛すぎるでしょ…照れつつも楽しそうなのがまたずるい。夕暮れの廊下とか、信号のシーンの描写がすごくきれいで、ドキドキした。でも最後の一文で続きが気になりすぎる…!秘密の時間、見られちゃうの?次が待ち遠しいです🌙🤍