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#死亡遊戯で飯を食う
ユイ
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高級宿に孤児たちを連泊させるのは問題があるかな? と思ったけれど、そこは高級宿。
最愛様のお心のままに……と咎められなかった。
本来咎めたら不敬に当たるらしい。
泊まっている孤児たちも今の状況が例外中の例外なのだと、物心がつかない小さい子ですら理解しているらしく、借りてきた猫のように静かにしていた。
「この部屋は隔離されているからのぅ。多少暴れたとて問題はないぞ?」
「だよね。物が壊されたら弁償とかになるけどさ」
「子供たちがいる部屋は、所謂従者部屋ですので、そこまで気になさらなくてもよろしいかと」
「なるほど。だから部屋に物が少ないんだね」
広い部屋は衝立で区切られているけれど、一区画だけが独立した部屋になっている。
子供たちが宿泊しているそこは、従者専用の部屋らしい。
調度品はなく、テーブルや椅子といった必要最低限の家具だけが置かれている。
高級宿ではこういった部屋も普通にあるのだとか。
「御館様には連絡を入れました。夕食を共にとのことですが大丈夫でしょうか?」
繋ぎをつけてくれたイグナーツも部屋にいる。
何時の間に手配をしてくれたのだろう。
「ええ、大丈夫よ。料理はどうするの? ノワールが? それとも宿の方が?」
「……私が作りましょう。まだ時間もございますし」
「部屋の準備は宿の方にさせようかのぅ。ちと行ってくるわ」
宿との調整はランディーニがしてくれるらしい。
ノワールは手早くお茶の準備をすると、ランディーニと一緒に部屋を出て行った。
「夕食には御館様だけでなく、正妻様も来られるようです」
「ふむ。珍しいのぅ」
「最愛様への配慮らしいわよ。ほら、御方が男性の同席を嫌がるじゃない?」
「正妻様がしっかり御館様の手綱を握っておられますので、御安心くださいませ」
「主人の忠告はないので、心配はしていないわ」
そこまで愚かな男ではありませんし。
正妻は聡明ですから。
あ、夫の助言だ。
正妻がいなくても同席が許せるレベルには、真っ当な人らしいよ、御館様。
「あ、そうだ。手土産とか用意しないとだよね」
「最愛がそこまでする必要はないぞ?」
「そうだね。勘違いする人たちではないみたいだけど、最愛からは不要かなぁ」
「でも孤児たちのことや教会の話もするなら……」
「それでも必要ないのぅ。むしろ御館側こそが手を煩わせたと大量の貢ぎ物を用意せねばなるまい」
「それでも最愛様のお心が騒ぐようであれば、この街にない品を販売していただければ幸いでございます」
孤児院のてこ入れはさて置き、放逐された孤児たちの面倒までは本来みないだろう。
それを頼むのであれば、やはりこちらも用意するべきではないか? としつこく考えていたが、イグナーツの提案に頷く。
最愛の体裁も繕うべきなのだろう。
さすがに夫が侮られるのは耐えられない。
「うーん。何がいいかなぁ?」
王都で仕入れた物はいろいろあった。
彩絲たちはそれ以上の物を持っているだろう。
夫のストックから出せば更に希少な物があるはずだ。
「そこまで流通が活発でもないからのぅ。主が王都で購入した物で十分じゃろ」
「あ! 王都ダンジョンでのドロップ品もいいんじゃない?」
「……王都ダンジョンのドロップ品は自分も気になるのですが……」
おお。
その程度でいいらしい。
「暑い場所だと野菜が希少な印象が……」
「そうでございます! どんな野菜でも高額買い取りを!」
イグナーツの鼻息が荒い。
今後の取り引きも考えているのだろう。
「じゃあ、高級野菜セット。何ダースがいい?」
「ああ、王都ダンジョンの野菜はノワールがいれば何時でも山ほどもらえるもんねぇ……高級野菜は普通に保存できる程度。御館と正妻が口にできる程度。一ダースで十分でしょ」
「野菜に限らず、王都ダンジョンの物なら何でも喜ばれるぞ? 肉でも魚でも装備でも」
「ええ、そうですね。服ダンジョンは冒険者が喜ぶ防御力が高い物がドロップしませんから」
「なるほどねぇ」
夫のストックは勿論、彩絲たちの持ち物を放出しないで済むのは有り難い。
私自身が王都初級ダンジョンには足を踏み入れなかったけど、ドロップアイテムはたくさんあるからね。
気を利かせて奴隷……家族たちが拾ってくれたし、王都出発前に彩絲、雪華、ノワール、ランディーニが潜って駆逐したとか言っていたし。
初級じゃ物足りなくて、中級、上級に足を伸ばしかけたけど時間がなかったから諦めたなんて話もしていたような……。
ん?
結局皆のストック放出になるのかしら?
「イグナーツとの取り引きはあと回しにして……消え物がいいと思うから、食べ物関係にしようよ」
「肉、魚、野菜セットでどうじゃ?」
王都では高級品でもないけれど、こちらでは十分な高級品になるようだし、それでいいかな?
こっくりと頷けば、彩絲が肉セットを雪華が魚セットを出してくれた。
「野菜セットはノワールに出してもらおう。たくさんもらっていたからね」
「うむ。個人消費できない量をもらっていたからのぅ」
さすノワ。
「もしよろしければ、ですが。ふよんども加えていただけませんでしょうか?」
「あーなるほど。主が畑を作りたいとか言い出すかもと思って、たくさん採取しておいたから大丈夫だよ」
「有り難いです。ふよんどがあればこの街でも畑が作れますから」
そこまで凄いんだね、ふよんど。
腐葉土が優秀なのは世界が異なれど変わらぬようだ。
手土産の用意もできたことだし……とノワールが用意したお茶に手を伸ばす。
彩絲と雪華はイグナーツとの取り引き話で盛り上がっている。
目を閉じて聞くともなしに聞いていると、やり取りがだんだん激しくなってきた。
三人三様に譲れぬものがあるのだろう。
喧嘩上等! のレベルにまで発展しつつあったので、止めようかしら? と悩んでいればノワールとランディー二が戻ってきた。
「さすがのタイミングだよ、二人とも! 御館へのお土産を考えてね。王都ダンジョンのドロップアイテムを販売することになったんだけど」
「……野菜セットを出せばよろしいでしょうか? 高級野菜を一ダース、普通野菜を五ダースが無難でございますね」
「他のドロップアイテムも出すなら、出し過ぎではないのかぇ?」
「野菜は格別です。この街の野菜不足は広く知れていますから……主様のお考えですと、ふよんども合わせて用意されるのでは?」
「そうそう。イグナーツからの提案があったんだ。さすがだよね」
褒めたつもりが、イグナーツに向けられたのは冷ややかな眼差し。
あれ?
私たちへ要求しすぎ、と思ったのかしら。
その点は気にしていないんだけど。
「落ち着きなよ、ノワール。イグナーツとは他のやり取りできっちりとやり返しているから」
雪華が胸を張っている。
彩絲もうむと重々しく頷いた。
先ほどのバトルは、イグナーツの私への態度を咎める意味もあったようだ。
本当、私は気にしないんだけどね。
夫も……気にしていないみたいだよ?
「ならば、いいですが。継続取り引きなど努々考えませぬよう……」
「これからの会談にかかっているぞ、と付け加えておこうかのぅ」
ノワールが鋭い眼差しをランディーニに向けても、慣れっこの彼女は何処吹く風と気にしていない。
「……主様、お召し替えをいたしましょう」
「えぇ、これから?」
「会談の準備は調ったが、あちらはまだ到着しておらぬ。時間調整もあるしのぅ。せっかくだからダンジョンでドロップした品で固めてみるのも面白かろう?」
目の据わったノワールはいくつかのトルソーを並べた。
彩絲と雪華もそれに続く。
全部で十二体のトルソーが並んだ。
あえていうまでもないのだが、どれもフル装備だった。
十二体ものトルソーを並べられて途方に暮れる私の前へ、ひょっこりと姿を現したペーシュが例の婚礼用インドジュエリーを勧めてきた。
ペーシュの登場にイグナーツは硬直してしまう。
ランディーニがその正気を失わせぬよう、肩の上に止まって羽で頬を優しく摩った。
揃って歯ぎしりをして悔しさを表現した三人だったが、ペーシュの意見は抗えないほど魅力的だったらしい。
刺繍が緻密な純白のサリーを用意した。
黄金とルビーがよく映えるようにと選んだようだ。
着付けは彩絲と雪華がやってくれた。
全身が映る姿見が用意されて確認を求められる。
「け、化粧してないよね?」
「しておらぬぞ。せずとも主は十分に美しい」
「だよねー。正妻様が身悶えしちゃうかも」
すっぴんのはずなのに肌が艶やかだった。
保湿クリーム塗り立てのような肌に、思わず指の腹をあてる。
もちっとした弾力が返ってきた。
「エスコートは本来ならイグナーツ殿にお願いしたいが、御方が許さぬであろうからのぅ……」
「私たちがするよー」
守護獣の早着替えは見事だった。
彩絲と雪華は漆黒のサリーに銀一色の装飾品をつけている。
珍しくデザインも装飾も全く同じ物のようだ。
私は両側から二人に手を取られて、しずしずと会場へ向かう。
三人の装飾品がしゃりしゃりと音を立てた。
用意された会場は城の貴賓室といった雰囲気。
隅から隅まで品の良い豪奢な調度品が並んでいた。
きっとその一つの調度品だけで、見学した家三軒が購入できる代物なのだろう。
私たちの登場に部屋の中央に設置されたテーブルについていた二人が腰を上げた。
御館とその正妻に相応しい豪華な装いだった。
「最愛様、この度はカプレシアに足をお運びいただきまして、誠にありがとうございます」
「服ダンジョンは楽しまれましたでしょうか? カプレシア自慢のダンジョンでございます」
「ええ、素敵な服をたくさん入手できたわ」
「ふふふ。そちらの素敵なお召し物もそうでございましょうか?」
「はい。そうですね。まだまだ同等の物がたくさんありますよ」
二人の目が一瞬ぎらりと強欲に光った気がする。
だがそれは本当に一瞬。
見間違いかと思う僅かな時間だった。
「晩餐の支度はこちらでと思ったのですが、最愛様のシルキー殿が手配くださったようで……」
「この街の料理は既に幾つかいただいておりますし、お願いしたいこともございましたので、手配させていただきました」
「孤児院の件でございましょうか?」
「そうですね。孤児院も問題ですが、それ以上に問題なのは何か、指摘せずとも御理解くださっておりましょう?」
声が若干低くなった。
魅了娘に追い出された孤児たちがどれほど苦労したのか、本当に理解できているのだろうか。
「大変失礼いたしました! 主人には前から苦言をしておりましたが……」
「うううう。すまぬ。最愛様にもお手を煩わせてしまい、まっこと、申し訳ございませんでした」
私が座るのを見計らって腰を下ろしていた御館が再び席を立って、深々と頭を下げる。
正妻も御館に倣った。
目の届く席に座ったイグナーツが小さく頷いている。
そんな態度に出るほど正妻に愚痴られていたのだろうか。
「丁寧な謝罪をありがとうございます。どうぞ、座ってくださいませ」
二人が腰を下ろすのを見計らってグラスを取る。
何はともあれ乾杯だろう。
にこりと微笑めば、ごくりと喉を鳴らした御館が乾杯の音頭を取った。
「良き御縁に恵まれましたことを祝しまして、乾杯!」
乾杯はシャンパンだった。
フルートグラスに入っていてよく冷えている。
これを用意するのにどれだけの手間暇をかけているのだろう、と頭の片隅で考えながら飲み干す。
フルーティーで美味だった。
料理はフルコースタイプらしく、グラスを干したタイミングで皿が並べられた。
冷たい前菜のようだ。
野菜たっぷりのテリーヌは見た目が華やかで、特に女性に人気だろう。
正妻が小さく感嘆の声を上げている。
御館は半分を口に入れて、大きく目を見開いた。
口に合ったようで何よりだ。
空になったシャンパングラスの代わりに、うっすらと緑がかった飲み物が出された。
小さく気泡が弾けているところをみると炭酸らしい。
口にすればライムソーダだった。
甘さがほとんどないので口の中がさっぱりして食中の飲み物には最適だろう。
お酒も好きだが飲み過ぎては話ができない。
二人も同じ物を飲んでいるようだ。
驚いているところをみると、本来は甘いタイプを飲んでいるのかもしれない。
そちらの方が多いと聞いた記憶がある。
あくまでも向こうのインドの知識なので、こちらではどうかわからないが。
「……最愛様はその……かの娘の対処をどのようにお考えで?」
「自分よりも幼い子を孤児院から放逐する鬼畜です。厳重な処罰を望みます」
彼らが生き残ったのは運が良かっただけだ。
死んでいた可能性が高い。
「! 聞いていた話と違います!」
「……私は申し上げましたが?」
一応自分の手の者に調べさせてはいたようだ。
ただその情報は正しくなかった。
つまりあと少し時間がかかっていれば、誤った情報を伝えた者を経由して、御館まで魅了娘に絡め取られた可能性は高い。
正妻自身は騙されずとも、魅了に囚われた御館のせいで孤児たちと同じように放逐される未来だってあったかもしれないのだ。
御館はその辺、分かっているのだろうか?
「じゃあ、奴が裏切っていたと?」
「裏切ったというか……既に魅了されていたのでは?」
「そんな……」
『幼い頃から仕えていた側近の一人じゃったらしいのぅ』
『しかも女性だからねぇ。まさか女性が魅了されるとは思わなかったのかも?』
素知らぬ顔で料理を楽しんでいる彩絲と雪華が情報をくれる。
魅了娘の魅了は女性にも作用するらしい。
乙女ゲームやラノベの知識から察するに、側近の女性にそもそも問題がありそうだ。
例えば身分違いにもかかわらず幼馴染みだからと、側室もしくは正妻の地位を望むような。
考え過ぎでもないだろう、と思いつつ運ばれてきたサラダを咀嚼する。
インド風のスパイシーなサラダだ。
これはこの街で出されるお金持ち向けのサラダな気がした。
スパイスに苦手なものが入っていないのに安心している間に、二人の会話は終わったらしい。
「魅了娘には重い罰を与えようと思います」
「ええ、それがよろしいと思いますわ」
「貴男様。孤児院の院長にも罰を与えねばなりません」
「あぁ……あいつか。着任時はそこまで愚か者ではなかったと思うのだが」
「どうでしょう? もともと悪い評判もございましたよ」
「そうだったのか?」
御館!
情報が足りていない。
正妻さんの話をよく聞こうよ。
いや、孤児院関係だからそこまでしっかり耳を傾けなかったのだろうか。
孤児院の経営なんて見栄で成り立っている場合も多いからねぇ。
「孤児院と教会の中で誰が魅了に囚われているのか、しっかりと把握しているのでしたら、その情報をいただけますか?」
「はい。こちらにございます」
部屋には護衛が何人も立っている。
当然の手配だろう。
それこそ魅了娘が飛び込んでくるとも限らない。
その護衛の一人がすっと正妻に何枚かの書類を差し出す。
正妻はその書類を自ら私の手元にまで運んだ。
私は素早く書類に目を通した。
「御館様はこちらを御覧になりましたか?」
「どうか、自分のことはエックハルトとお呼びくださいませ」
ファーストネーム呼びとか……夫が激怒しそう……あぁ、そうか。
「……奥方様のお名前は?」
「! く、クレメンティーネ・バルヒエットと申します!」
「では、クレメンティーネ様の書類を読みましたか、エックハルト殿」
数度瞬きしたエックハルトは、私とクレメンティーネのやり取りからきちんと察したようだ。
顔色が悪くなって声も震えたが、返答があった。
「さ、再度読ませていただきます」
クレメンティーネは自分の席に戻り、エックハルトの手に書類をわたす。
エックハルトは時間をかけて書類を読んだ。
そう、それが正しい。
私を待たせているからといって、流し読みをする愚行に走らない程度には、頭が回るようだ。
書類を読み終えたエックハルトは深々と溜め息を吐いた。
「私が目を通していた書類とかけ離れた内容でございます……」
「やっと自覚できたようで何よりですわ」
クレメンティーネがつんと拗ねたように顔を横へ向ける。
美女の拗ね顔は萌えた。
うんうんと頷けば私の目線に気がついたのかクレメンティーネは恥ずかしそうに会釈してみせる。
「すまなかった、ティーネ。よもやここまで内容を違えているとは思わなかった」
「幼馴染みを重用するなとは申しません。ですが提出された書類は誰から齎されたものであっても精査なさってくださいまし」
「面目ない……」
がばっとクレメンティーネに頭を下げるエックハルト。
うん、潔い。
私がいる前で頭を下げる意味もわかっているのだろう。
羞恥に染まった頬は何処か真摯にも見える。
コメント
1件
うわ、この御館様と正妻様、いいコンビですね。エックハルト殿は「すまなかった」と素直に認められる潔さがあるし、クレメンティーネ様の拗ね顔に萌えたシーン、分かりすぎて笑いました。孤児院の情報がまさかここまで歪められていたとは…でも「魅了は女性にも効く」って伏線が利いてますね。ノワールの圧倒的お仕着せの熱量も相変わらずで、ペーシュの登場で場の空気が一変する流れが好きです。会談、後編も楽しみ!