昼ご飯をいつものメンバーで済ませ、ジャージに着替えて二人は体育館へと向かった。授業はバスケットボールだったので、桜庭と楓は同じチームとなり試合に挑む。
「こっちは楓もいるし、いけるだろ!」
チームメイトから試合の始まる前に期待の声を掛けられたが、楓は眉を寄せ、渋い顔をした。
「俺、スポーツは苦手だぞ?」
「何言ってんだよー。んな体しておいてさ」
ポンッと楓がクラスメイトに背中を叩かれた。そんな彼等の様子を横で見ていた桜庭は、『そういやそうだったな。コイツの見た目のせいで、すっかり忘れてたけど』と思いながら、ドリブルを数回してボール内の空気の入り具合を確認する。
「いや、ホントに無理だって。苦手なんだよ」
「はいはい、わかったからー」
絶対にわかっていない声で返事をされ、楓の顔色が少し悪くなる。過度な期待に心が折れそうなのだと桜庭は気が付き、無理に笑顔を作って「俺にボール回してくれればいいから、な?」と楓に声を掛けた。
「——マジかよ…… こっちのチームには、楓がいるのに負けるとか」
試合が終わり、桜庭達がコートから戻って来た。きちんとしたポジション分けをしたわけでもなく、ただ何となくやった試合だった事もあってか、ゲームは相手チームの圧勝だった。
「イケメンはスポーツマンって相場が決まってるだろ!」
「ムッキムキのくせに、あんなに動けないとか…… 信じらんねぇわ」
負けた苛立ちを全て楓に向けられ、桜庭がムッとする。上手く動けなかったのはお互い様で、事前に『スポーツは苦手だ』と言っていた楓の言葉を無視している事が許せない。
「お前らなぁ、清一は先に『苦手だ』って何度も言ってたじゃん」
「まぁ…… そうだったけど」
意外にも桜庭が一番上手く動き、点数を入れていたからか、文句を言っていた彼等も桜庭には反論出来ない。
「チームでするスポーツで負けたのを、個人に当たるなよ。コイツだって苦手なりには頑張ってたろう?」
「まぁ、うん…… 」
歯切れの悪い彼等の返事に桜庭は不満気だったが、楓はちょっと嬉しそうな顔をして桜庭の肩に手を置いた。
「もういいよ、充。ありがとな」
「…… お前がそう言うなら」
まだちょっと言いたい事はあったのだが、本人が望んではいない以上、口を挟むまいと桜庭は自分に言い聞かせた。
「——今日はこれで終わるぞー。さてと…… 楓、桜庭、今日は二人でボール片付けておいてくれ」
生徒名簿を見て、体育担当の教師が二人に向かい片付けの指示をした。 「はい」と返事をし、教室へ戻って行くクラスメイトとは反対方向に桜庭達が向かう。底に車輪の付いたカゴを楓が押し、用具室へと歩いて行く。途中途中でまだ隅に放置されたままになっているボールの回収は、桜庭がちょこまかと走りながらおこなった。
「これで全部かな?」
用具室に入る前に立ち止まり、桜庭が体育館を見渡す。
「大丈夫そうだな」
「あぁ」
桜庭が満足気に頷くと、楓は素っ気なく答えた。回復していたはずの機嫌がまたちょっと悪そうで、桜庭は『まーだ試合の事引きずってんのかよ』と思ったが、こっちから蒸し返すのも悪いかと口には出さなかった。
「さてと、早く片付けて教室に戻ろうか」
カゴを押し、桜庭が先に用具室の中へ入って行く。楓も桜庭の後ろをついて中へ入ると、必要もないのに扉を閉め始めた。
「んお?」
室内が一気に薄暗くなり、桜庭が驚きの声をあげる。
「なんで閉めるんだよ、んな事したら暗いじゃん」
カゴを元の位置へと戻した桜庭が、楓へ向かい文句を言った。
——ガチャン。
楓は桜庭の問いには答えない。ただ無言のまま、引き戸の内鍵をかけた音が薄暗い用具室内に大きく響く。
「…… 清一?」
楓の名を呼んだ桜庭の声は、彼の醸し出す圧に押され、少し震えていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!