🧡「ほんまにキスするで?」
向井が阿部を試すような挑戦的な口調で言いつつも、目の奥に怯えたような迷いが見えて、阿部はこいつは本当にしょうがないやつだな、と思ったが、口に出しはしなかった。
いつもいつも二の足を踏みがちな、臆病な向井は、阿部から見ても奥手すぎて少々物足りなく感じることがある。向井のことを密かに想っている阿部ですらそう感じるのだから、どちらかというと強引なアプローチに弱い渡辺が向井の好意を真に受けないのも仕方のないことと言えた。
どこか冗談にして逃げてしまうような、傷つくのを恐れて本質から逃げていくような、向井にはそういう弱さがある。それゆえに、人の心の弱さに敏感に反応して、人の心にするりと入り込んでいくのが向井は得意だ。自分も大概、その同情とも言うべき共感力に心地良さを感じて、いつのまにか彼を恋愛対象として捉え始めていた。
ここは、向井の家。
上京してから、住まいを転々と変え、今は3軒目。自分の使いやすい間取り、おしゃれな内装、向井のこだわりが詰まった家だ。阿部はここへ来るのは初めてだった。
その日、向井は、渡辺への片想いに終止符を打ち、何の気なしに阿部を家に誘った。何の気なし、とは言ったが、阿部には何度も渡辺のことで相談に乗ってもらっていたし、今回の失恋も一番早く報告した相手がこの阿部だった。
向井は阿部の想いなんて全く気づかずに、そしてついさっきまでも何も知らずに、渡辺への未練をさんざん愚痴っていたのだ。
しかし、話の流れで、ふと阿部が提案した。
💚「俺にキスしていいよ」
ここで話が180度急展開したのだった。
阿部としては、ほろ酔いの上での、なんとなくの願望を口にしたのだが、向井は思ったよりも酔ってなく、真顔でごくり、と音が聞こえるほどに唾を飲み込んだ。
🧡「なんで…?」
💚「え、気分。寂しいなら、慰めてあげようかなって」
🧡「冗談やめてぇな…」
向井はこの時初めて阿部を『そういう対象』として意識した。弱々しい声に、迷いが見える。阿部からしたら、提案して、後は相手に委ねるだけ。それでも心臓は破裂しそうにバクバクと鳴っていた。
自分を安売りすることも、酔った酒のせいにして、このこと自体流されてしまうことも、正直、不本意ではあったけれど、向井の失恋の当日に、自分も同じく失恋するのも悪くないのではないかと前向きな失恋への誘惑が間違いなく阿部の心にあり、あわよくば自分で向井の心の隙間を埋めてくれないかという切なる願いもあった。
💚「それではカウントダウンします。じゅーう、きゅーう、はーち」
🧡「ちょ、ちょ、ちょっと!待ってや!」
💚「待たない。なーな、ろーく、ごー」
🧡「する!!!!!」
💚「はや」
そう言って笑う阿部に、向井は簡単に魅了されてしまった。
🧡「阿部ちゃんて、こんなに可愛いかった?」
💚「急に何」
戸惑ったのは阿部の方。
やぶれかぶれで言ってみた提案に、向井が乗ってきて、今、熱っぽい目で自分を見始めている。さっきまで涙を流して別の男への恋慕を語っていた口が、今はまるで言葉を忘れてしまったかのように静かになっていた。
阿部の心にほんの少しの希望が湧いてくる。
💚「俺、康二のこと前から好きなんだよね」
🧡「そんな…」
泣き笑いみたいな変な顔になった向井は、阿部との今日までのやりとりを高速で思い出したのだろう、青くなったり、赤くなったりを繰り返し、最後には赤くなって停止した。
🧡「ええの?」
💚「いいよ」
なんてことなさそうに答える阿部だって、なるべくポーカーフェイスを装ってはいるけれど、向井との始まりの予感に胸をときめかせていた。
🧡「ほんまにキスするで?」
阿部は目を閉じた。
向井は意外にも、慣れた手つきで阿部の片頬を包むと、ゆっくりと優しく口付けた。
触れるだけの、優しいキスだが、甘やかで、阿部の心にすとん、と落ちた。
🧡「阿部ちゃん、泣かんといて」
💚「え?俺泣いてるの?」
それからしばらくの間、涙が止まらない阿部を摩ったり、笑わせようとしたりしながら、向井は不器用に、新しい恋へと進み始めた。
おわり。
コメント
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わあーーーーーかわいいーーー🧡💚
きゃわいいいいいいい💚💚💚 どっちもリードできてないのきゃわいいい🧡🧡🧡 こじあべよきよき🥺