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(何これ!?)
モヤモヤとしたものが私達の前で揺れている。まるで、炎のようだと思いながら、けれどそれには形がなくて、炎よりも薄っぺらい、霧のようなものだった。
「あ、アウローラ大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですけど。何ですかあれ……侵入者?」
アウローラも私を突き飛ばしただけで、あれが何かは理解していないようだった。私は、アウローラを起き上がらせて、目を凝らして見た。やはりよく分からない。けれど、それは私達に敵意や殺意を向けているようだった。危険なものであることには変わりない。
けれど、ただでさえフィーバス卿が守っている領地に入ることすら難しいのに、さらに屋敷にまで侵入してきたこれが、一体何なのか分かるはずもない。危険な事には変わりない。魔力も感じるけれど誰の魔力かなんて分からなかった。ラアル・ギフトのものではないだろう。ベルが邪魔するためだけに私達の所に来る筈も無い。悪魔だから少し信用にかけるのはそうだけど。
「ステラ様、逃げましょう。フランツ様の元に行くべきです」
「でも、この結界は」
「ステラ、結界はといた。一度こっちに来い」
フィーバス卿の声を聞いて、私はすぐに方向転換し、フィーバス卿の元に駆け寄った。アウローラも急いで走り、私とアルベド、フィーバス卿は合流できた。先ほどまでバチバチにやり合っていたはずなのに、その敵意はすぐにあの靄のようなものに向けられた。
「アルベド……」
「んだよ」
「その、大丈夫?怪我……とか」
「かすり傷だ、こんなもんツバつけときゃ直る」
いや、その言葉現実でもいうんだ、なんて私は感心しつつも、アルベドが思った以上に消耗していることに気がついた。ここまで追い詰めることができるフィーバス卿は本当に強いんだろうし、あのまま戦い続けていたとしても、アルベドに勝算はあったのかは分からない。ただフィーバス卿を舐めていたこともあって、意外な結果だとは思ったけれど。
アルベドは先ほどの戦いよりも、あの靄の方が気になるようで、その気を立たせながら靄を目で追っていた。
靄は、とくに私達に何かをしてくるわけではなかったが、依然として私達から目を離さないように揺れている。果たしてあれに目というものがあるのかどうかは分からないけれど。
(でも多分、災厄によってできたもの……だよね。憶測でしかないんだけど)
全くの予想になってしまうが、あれはどう考えても異常なものだった。しかし、肉塊とは違いその輪郭を持たない。なんなら透けているし、向こう側が見える。だが、見えるからといって突っ込んでいくのは危険だと思う。
「アルベド、どう思う?」
「どうっつぅ、いわれてもなあ……魔力は感じるが、あれ自体が持っているものではない気がするんだよな」
「同感」
アルベドも同じように感じているらしい。
魔力を感じるけれど、あの靄自体が魔力を持っていないと。ということは、あの靄を操っているものがいるということだろうか。それとも……
「怨念みたいな奴か?魔力をとばして、念だけが動いてる的な」
「そ、そんなことできるの!?」
「だが、できるのは闇魔法の魔道士ぐらいだぞ?それも、よほど強い念がねえと無理だ。誰が誰にそれを向けてるか分からねえけど、ここにいる四人の中の誰かじゃねえか」
と、アルベドはフィーバス卿とアウローラの方を見た。
そんな呪い見たいな事ができるのだろうか。呪われていないけれど、その念とやらが、どう考えてもそれらに近いものだってことは分かった。だからこそ、誰かが恨まれていて、あの靄がここに来たと言うことだろう。
「念、だったら……防御魔法をかいくぐってここに来ることできるの?」
「まあな。そもそもあれは粒子みたいなもんだから、靄の状態ではこねえ。ここに来て、散らばっていた粒子が固まったんだろうな。フィーバス卿の防御魔法をかいくぐったというよりかは、何処かでできた穴から入り込んだんだろう。じゃねえと、フィーバス卿の魔法がポンコツって事になるだろうが」
「ま、まあ……取り敢えず、その、あ……」
「あってなんだよ」
「この間、辺境伯領で肉塊を見たの」
「肉塊……あの、ヘウンデウン教が作ってるあれか?」
「そう……まさか、ここにいるなんて思ってなくて。っていう話はどうでもイイか……また話すから。それで、あの肉塊……フィーバス卿の防御魔法を壊せるみたいだった。だから、所々虫食いみたいに穴が開いてたっぽくて」
「……魔力無効化?」
「魔力無効化?」
アルベドがボソッとつぶやいたそれに私の身体はすぐに反応した。聞き慣れたフレーズだったこともあって、何だか嫌な予感がするのだ。
「でも、それって……ぐら……」
「俺もそれは思った。だが、彼奴がこんなことに関わっていると思うか?それに、肉塊には別に魔法攻撃は当たるだろうが」
「た、確かに……」
「肉塊自体には魔法が当たって、魔法を壊す事ができるっていう性質かも知れねえけど。ただ、そんなものイレギュラーだからっつってできる芸当じゃねえだろ。魔法を……根本から破壊するみてえなこと」
何処か苦しそうにアルベドはいった。
この問題は、置いておいた方が良さそうだと私は視線をあの靄の方に向ける。大きく広がったり、小さく透けない程度に固まったり、靄は意思があるようだった。誰かがとばした念……あれに魔法はきくのだろうか。物理攻撃は効かなさそうだし。
「それで、あれはどうやって倒せばいいの?」
「俺も見るのは初めてなんだよ。まあ、見た感じ物理攻撃は効かないだろうな……となると、魔法攻撃も」
「……」
それって倒せないってことじゃん。と、私はツッコミを入れたくなった。それは、アルベドも分かっているようで、悪ぃ、とすぐに訂正する。それはいいとしても本当にあれは誰を狙っているのか。
「お父様」
「どうしたステラ」
「あの……靄、どうやって倒すつもりですか」
「防御魔法は、はってある。ここには入ってこれないだろう」
と、フィーバス卿は取り敢えず落ち着けといわんばかりに諭してくる。確かに、狭い範囲の防御魔法は、他と比べて魔力の濃度が高いため、堅いだろう。それもフィーバス卿の魔法だから。しかし、動かなければいずれ消えるというわけではないだろうし、このままずっと立ち尽くしているわけにもいかないだろう。だから、打開策を立てないといけないのに。
そう思ってふと靄の方に目を向ければ、先ほどまでそこで揺らめいていたはずの靄がフッと消えたのだ。
「消え……た?」
(侵入してきたのに簡単に消えるなんて……)
幻のような存在なのだろうか? だとしても何故私達の前に現れたのだろう。
いや、念だといっていたためそう簡単に消えるはずない。だったらどこに……
「ステラッ!」
「えっ……ッ!?」
一歩私が後ろに引くと足下、私の影からズズズと嫌な音を立てて、何かが這い出てくる。何かじゃない。靄だ。
すぐに後ろに下がろうとするけれど、腕のようなそれに捕らえられてしまう。グイグイと私をひっぱりこもうとする靄の力は強い。黒い影から数本の手のようなものがのびて、私の身体に巻き付いてくる。抵抗しようにも出来ない!
(うぁッ……気持ち悪ッ!)
無数の手が私を引きずり込もうとするものだから吐き気がしてきた。まるであの肉塊の中に居るような感覚……
「ステラ!」
「アルベド……ッ、きゃああっ!」
アルベドの声が聞こえたと同時に、私の身体は軽々と持ち上げられた。そして、靄の手が私を拘束したと思ったら、そのまま地面に叩きつけられたのだ。しかし、腕は外れなかった。強く締め付けられて私はその痛みで悲鳴をあげる。
(う、動けない……)
振り解こうにも相手の方が力が強いのか全く動かせない。腕があらぬ方向に曲がってしまうのではないかというぐらいに強く締め付けられているのだから当たり前だけれど。骨が軋む音がするのと同時に血がじんわりと滲んでくるのが分かる。
「ステラを離せッ!」
フィーバス卿の声が聞こえたかと思うと、それと同時にアルベドがこちらに駆け寄ってくる姿が見える。けれども、それを拒むように靄は手のようなものを伸しが邪魔をした。あの影のような見た目に反して力はあるのだなと頭の端っこでそんなことを考えた。
一体何がどうなっているんだろうか。
緊急事態に、私の思考回路はだんだん遅くなっていく。靄によって首は締め上げられ、酸素が脳に送られない。ハッ、ハッ……と息を切らしていれば、靄のようなものが私に顔を近づけてきた。先ほどまで不鮮明な輪郭をしていたのに、それは女性の顔のような形になる。
『憎い、憎い、憎い……』
「え……ぁ」
『何で愛されないの。満たされないの』
その声は聞き慣れたもので、回らない頭がその瞬間だけクリアになり、すぐに誰か分かった。
「えと……わーる、ヴィアラッテ……あ?」