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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第九十一話 呼んだ声
紙に残されていた文字を、二人は何度も読み返した。
『あの日、君を呼んだのは、君が守ろうとした人じゃない。』
その続きは、破れている。
『だから、君は――』
そこから先だけがない。
「……誰なんだろう」
彼女が呟いた。
少年は答えなかった。
頭の中には、あの日の声が残っている。
雨の音に混じって聞こえた、自分を呼ぶ声。
その声を聞いて振り返った。
そして――
事故。
「声は……男だった」
「男の人?」
「たぶん」
少年は目を閉じた。
「でも、顔は見えない」
「何か他に覚えてない?」
「……声だけ」
二人はしばらくその場に立っていた。
やがて彼女が、拾った紙を裏返した。
「待って」
「どうした?」
「裏に何かある」
紙の端に、薄い線が残っていた。
文字というより、書きかけのような跡。
スマートフォンのライトを当てると、
わずかに浮かび上がった。
『声を追わないで』
少年の表情が固まる。
「……これ」
「どういう意味?」
「分からない」
けれど、嫌な感覚があった。
声を追わないで。
そう書かれているのに、自分はその声を追っていた。
事故の日。
誰かに呼ばれて、振り返った。
そして、その方向へ――
「……俺、あの人を探しに行ったんじゃない」
「じゃあ?」
「声を聞いて……そっちへ行った」
彼女が紙を握り直す。
「それって、誰かに呼び出されたってこと?」
「分からない」
少年は周囲を見渡した。
空き地の向こうには、古い道路が続いている。
その先に、小さな歩道があった。
「……あっちだ」
「何か思い出した?」
「少しだけ」
二人は歩道へ向かった。
数十メートル進んだところで、
少年は突然立ち止まった。
「ここ……」
道路脇に、古いガードレールが残っている。
少年はそこに手を置いた。
その瞬間――
雨。
ヘッドライト。
濡れた道路。
そして、少し先に立つ人影。
『こっち!』
声がする。
少年は振り返る。
誰かが手を上げている。
その手首には――
青いリボン。
「……違う」
少年が小さく呟いた。
「何が?」
「俺を呼んだのは……この人じゃない」
彼女が息を呑む。
「じゃあ、青いリボンの人は?」
「俺が守ろうとしてた人」
少年は目を閉じた。
その人は、道路の向こうにいた。
そして自分を呼んだ声は、
もっと後ろから聞こえていた。
「俺は……二人の間にいた」
その瞬間、少年の中で何かが繋がった。
事故の直前。
自分は誰かを守ろうとしていた。
その人から離れて、戻ろうとしていた。
そのとき、別の誰かが自分を呼んだ。
振り返った。
そして――
記憶が途切れた。
「……この声」
少年が呟く。
「何?」
「一度、聞いたことがある」
彼女が少年を見る。
「いつ?」
少年は答えようとして、言葉を失った。
知らない番号から届いたメッセージ。
病院の記録。
写真。
あの声。
まさか。
「……あの人」
「誰?」
「俺たちに連絡してきた人の声と……似てる」
二人の間に沈黙が落ちた。
今まで、知らない番号の人物は
過去を知っているだけだと思っていた。
けれど。
もし同じ声なら――
その人物は、事故の日にもここにいたことになる。
少年のスマートフォンが震えた。
知らない番号からだった。
今度は、メッセージが一つだけ。
『やっと、声を思い出したね』
少年の指が止まる。
続けて、もう一通。
『でも、まだ私のことを思い出してはいけない』
彼女が画面を見る。
「……やっぱり、この人は事故の日にいたのかな」
少年は答えなかった。
その代わり、最後に届いた一文を見つめる。
『君が最後に守ろうとした人を思い出すまで、私の名前は必要ない。』
少年はゆっくりスマートフォンを下ろした。
名前を思い出すことより先に――
あの日、誰を守ろうとしていたのか。
そこを思い出さなければならない。
そして少年は、ようやく気づいた。
事故の日に自分が忘れたのは、
「誰か」だけではない。
その人を守ると決めた――
自分自身の理由だった。
コメント
1件
「呼んだ声」が「読んだ声」でもあるんですね…。紙の文字と事故の記憶が重なって、少しずつ真実が見えてくる感じがぞくぞくしました。特に『声を追わないで』と警告されながら、追わずにいられない少年の苦しさが胸に迫ります。最後の「自分自身の理由」という一文、ここからどう過去と向き合うのか、続きがすごく気になります。今回も丁寧な伏線に惹き込まれました🌷