翌朝8時過ぎ。
野兎亭で朝食をとった俺は、開いたばかりの『冒険者ギルド』を訪れた。
ギルドの入口扉を開けると、ホールを埋め尽くしていたのは大勢の冒険者たち。
おそらくはパーティを組んでいると思われる数人ごとの塊に分かれ、口々に喋りながら掲示板をのぞいていたり、カウンターに並んでいたり。種族も性別も年齢も様々ながら、誰も彼もが漂わせているのは只ならぬ強者のオーラばかり。
エイバスの街にただよう温和な空気とは打って変わって、まるで歴戦の猛者が密集したかのような荒々しい空気に呑まれた俺は、思わず立ち尽くしてしまう。
背後から急に女性の怒鳴り声。
驚きのまま「へ?」と間抜けに振り返る俺。
「――す、すみませんっっ!」
怒鳴り声の主は、イラついた様子の戦士風の女性。俺が慌てて入口前から離れると、女性は「ったくよぉ」とぼやきつつも冒険者ギルドの中に入っていった。
あ~びっくりした……喧嘩にならなくて本当によかった。
ゲームの冒険者ギルドだとわざと喧嘩を買って発生させるイベントとかもあるけど、流石に現実で不用意に争うのはどうかと思う。
というかそもそも今の俺なんかが、あんな強そうな冒険者達と喧嘩して勝てるわけないって!!
2つしかないカウンターの窓口には、常に十数名の冒険者達が並んでいる。
列の進み具合から見て、おそらく1組あたりの処理スピードは凄く早いのだろう。
誰もが急いで、慣れたふうに手続きを済ませては、パーティごとに連れだってギルドから出ていく。
ゲームではこのエイバス冒険者ギルドも数えきれないほど何度も訪れたことがある。
だれど、ここまで混みあっているような事態は見たことないぞ。
「こんなに忙しいんじゃ、今、ダガルガを訪ねるのは迷惑かも……?」
会社に入ったばかりの頃、面倒を見てくれていた先輩に口を酸っぱくして言われた「社会人として、取引先への訪問は忙しい時間帯を避けろ」という言葉が頭をよぎる。
できれば事前にアポも取りたいところだが、メールも電話も無い世界である以上、直接行くしかないだろう。
紹介状もあることだし、ゲーム内のダガルガというキャラから考えても、よっぽどのことが無い限り快く迎え入れてはくれるはずだとは思う。
だがしかし待ったからと言って、この混雑が解消されるとも限らない。
現実はゲームとは違ってこの混み具合が通常であり、1日中この状況が続くなんて可能性も否めない。
もしそうなら、幾ら待っても無駄でしかない。
「状況が分からない事には何もできないか……まずは情報収集だな」
辺りを見渡したところで気が付いた。
部屋の隅のテーブル席に座って本を読む“整った顔立ちの青年”の存在に。
のんびりした彼の空気感は、殺伐としたギルド内の雰囲気とは明らかに異質。
ゲーム内において、俺はその細身の青年をよく知っていた。
知っているからこそ相反する気持ちがせめぎ合う。
――話しかけてみたい!
――いや、話しかけちゃダメだ!
だが現在ギルド内の人々は皆忙しそうであり、そもそも話しかけられそうな相手は彼しかいない――情報を得るための選択肢は、たったひとつしかないようだ。
「……ま、ちょっと喋るぐらいなら問題ないだろ」
高を括った俺は、その青年に話しかけてみることにした。
「あのう、ちょっといいですか?」
「ん、俺?」
「はい」
「何?」
「聞きたい事があって」
「そう。別にいいけど、何?」
青年はにこやかな表情のまま、本から顔を上げた。
「冒険者ギルドって、いつもこんなに混んでるんですか?」
「いや、朝一だけだよ。あと夕方もちょっとだけ混むかな、朝ほどじゃないけど。君、冒険者ギルドって初めて?」
「ええ、まぁ」
「そっか……ほら、あれ」
青年が指さしたのは、多数の冒険者達が群がる掲示板。
「あれは依頼内容が書かれた紙が貼り出される掲示板だよ。冒険者達は受注したい依頼の紙を選んではがして、あっちのカウンターで手続きをすると受注完了。そのあとは各自で依頼をこなしに出かけて行くって感じだねー」
ゲームと同じなら、『依頼』とは、達成することで報酬をもらえる依頼案件のことだ。
青年の言う通り、冒険者たちは皆慣れた様子でクエストを選んで受注しては、連れだってギルドの入口扉から出ていく。
「依頼が貼りだされるのは朝8時の開店時だけ。受注は基本早い者勝ちで、冒険者たちは我先にと美味しい依頼を求めるから、この混みっぷりになるんだよ」
「なるほど……夕方はなんで混むんですか?」
「受注した依頼をこなしたら、窓口でその証拠を見せてチェックしてもらうんだ。そこでOKが出れば依頼完了ってことで、晴れて報酬を貰えるというわけさ。朝に依頼を受けて出かけて、夕方頃に帰る冒険者が多いからってのが、夕方混む理由かな」
「そうだったんですね。教えてくださりありがとうございます」
俺は軽く会釈をして、即座にその場を後にする。
「待って」
呼び止める青年。
振り返った俺が見たのは――
本能的に“まずい”と悟る俺。
すかさず追い打ちで畳みかけてくる青年。
うわ、やっちまった。
でもここで下手に逃げると逆に面倒な事態になりそうだぞ……
「……はい」
退散を諦めた俺は、おとなしく質問に答えることにした。
「名前は?」
「……タクト・テルハラです」
「装備からすると、剣士なのかな?」
「そうです、まだ見習いですが」
「へぇ~。ちなみに俺は旅の吟遊詩人、テオドーロ・コーディー。気軽にテオって呼んでいいからねっ。よろしく、タクト!」
「よろしくお願いします」
その青年、テオは右手を差し出してきた。
俺も素直に握手に応じる。
「ちなみにタクトは何でまたこのギルドへ?」
「えっとですね……」
ドキドキしながらも、それをなるべく顔には出さぬよう、エレノイアらと打ち合わせた通り『原初の神殿の前で自分が倒れていたのを、神殿の方が見つけ介抱してくれた。その前の記憶は一切ない。エレノイアの紹介で冒険者ギルドのダガルガ・ボアへ会いに来た』という旨を説明。
テオはその間、笑顔を崩さず穏やかに相槌を打っていた。
「……ふ~ん、大変だったねぇ」
「いえ……」
「それでタクトは、ダガルガに会ってどうするの?」
「できれば剣術等を教えていただければと思います。今のままじゃ、この世界では生きていくのも難しそうなので」
「そうだろうね。まぁ確かにダガルガなら困ってる人をほっとかないだろうし、しょっちゅう初心者指導もやってるから適任だとは思うよ。ただ……」
と言って、ギルド内の様子を手で示すテオ。
「この混みっぷりだからさ、今は忙しくて無理じゃないかな。1時間……いや、念のため2時間ぐらい待って出直しといで!」
「……そうですね。色々ありがとうございました」
俺は2度目の会釈をして、またすぐにその場を後にしようとしたのだが――。
再度呼び止めるテオ。
思わずビクッとする。同時に交わしたばかりの会話の断片が脳内を走り抜けるが……たぶんボロは出ていないはずだ。
しっかり自分自身に言い聞かせてから、なるべく平常心を保つよう振り返る。
「……どうしました?」
「ううん、何でもないよ♪ じゃあねー」
片手をひらひらと振る、笑顔のテオ。
俺は無言で頭を下げ、急ぎ足で冒険者ギルドから立ち去った。
およそ10分後。
逃げるように冒険者ギルドを去った俺は、ギルドから少し離れた場所にある『エイバス中央広場』にやって来た。流石にここまでくれば大丈夫だろうと広場のベンチに座りこむ。
「はぁ……変な汗かいたし……」
一息ついたところで、ゲームの中の彼――“テオ”のことを思い返す。
――ゲーム『Brave Rebirth』における最大の謎。
それはもちろん「あんなに隠し要素だらけのゲームにも関わらず、魔王討伐後のエンディングが1種類しか確認されていない」ということ。
他にもこのゲームには、まだプレイヤーに解明されていない大小さまざまな謎が存在し、その解明が新アイテム・新キャラなどの新要素発見につながる場合も数多い。
そしてテオこと、テオドーロ・コーディー。
彼はゲームで『(ある意味)存在自体が謎』といわれているのだ。
旅の吟遊詩人であるテオは、伝説などを題材に歌を作り、それを人々の前で歌って聴かせながら各地を旅し続けている。
スタート当初は『生ける伝説である勇者を歌の題材にすべく、勇者を探し各地を巡っている最中』という設定だ。
メインストーリーどおりに進んだ場合、エイバスの冒険者ギルドのダガルガ面会イベントにて初めて直接勇者の姿を見たテオは「創作意欲が湧いてきたよ~っ!」と叫んでギルドを飛び出す。
その後は各地を転々としながら『勇者の様々な偉業がテーマの自作曲』を街角で歌うテオの姿が見られるようになる。
そこまではまだいいのだが――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●テオの歌の内容が随時更新されていて、中には彼が知らないはずの内容――過去の周回での勇者の行動など――も。
(プレイヤーのツッコミ例:「お前何で知ってんだよ」)
●魔王討伐すると、他のイベントの進行度・勇者以外のキャラステータスは全てリセットされるのに、テオの歌のレパートリーだけはリセットされない。
(プレイヤーのツッコミ例:「全キャラ中コイツだけ特別扱いw」)
●テオは時々ありえないことをやらかし、勇者一行を強制的にトラブルに巻き込む。
(プレイヤーのツッコミ例:「それワザとだろっ!」)
●ある条件をクリアすると、魔王城の豪華なホールで、そのエリアに出現する凶悪で強い大勢の魔物達相手に、何故かテオが大規模なワンマンコンサートを開き、そして拍手喝采を受けている。観客には感動して涙する魔物や、『魔王派』を辞め『勇者派』へと改心する魔物もいたとの目撃情報も。
(プレイヤーのツッコミ例:「そこ、ラスボス直前……」)
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――などなど、テオの予想外過ぎる行動の目撃情報は尽きない。
仲間にする方法やそのステータスもまだ確認されていない、謎多きキャラ・テオ。
プレイヤー達の結論は『テオ=開発陣が仕込んだ遊び心』説が濃厚だ。
何だかんだで話題に上がるたび「テオさん流石ですw」「何やってんすかw」などのコメントが大量に飛び交う、愛されネタキャラなのである。
別に俺だって、テオドーロ・コーディーというキャラが嫌いなわけではない。
攻略サイトの掲示板では、他のプレイヤーと一緒になってテオの事をいじりまくって楽しんでいたし、むしろ気に入っている部類のキャラだと思っている。
先ほど迷った際に話しかけると決めたのにも、“よく知っている”からこその親近感と興味があるからだろう。
いくら基本メインストーリーに合わせて進んだとしても、常に放浪しては行く先々で何かしら巻き起こし続けるテオが、ゲーム通りに動くとは限らない。
この世界はとてつもなく広い。
この機を逃せば二度とテオに会えない可能性もあるのだから。
俺は現在『自分が勇者である事を隠したい』のだ。
だがもし、テオに正体がバレでもしたら……間違いなくテオはすぐ「♪原初の神殿にぃ~降り立ったぁ勇者様はぁ~エイバスでぇ修・行・中ゥ~~」などと、各地を歌って回るに違いない。
そうなったら最後、エレノイアらと一緒に立てた『勇者である事を隠して修行し、自衛できるぐらい強くなってから身分明かそう!作戦』は台無しになってしまうこと間違いなしってわけで――
昨日確認したばかりの「できる限り安全第一!」という方針が、早くも崩れそうになっている現状に頭を抱える。
“想定外をやらかしまくる規格外”へ、どう対処するのが正解なのか……俺はしばらく、中央広場のベンチで悩み続けるのだった。
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