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家庭科の授業でかぐやの完璧さを台無しにしてしまった事件以来、私の心の中の劣等感は、もう限界だった。
(私はもう、このままのドジな彗星でいるのは嫌だ!私もかぐやみたいになる!お姫様になって、皆に尊敬されるんだ!)
そう心に誓った私は、さっそく「お姫様になるための七つの計画」を実行に移すことにした。計画なんて衝動的な私には似合わないけど、今回は、かぐやのように計画的で優雅な自分を目指すのだ!
失敗その一:無口の優雅
かぐやは、教室で大きな声を出さない。いつも微笑む程度で、口数も少ない。まずはこれだ! 朝のホームルーム。陽太が面白すぎるジョークを飛ばしたとき、私は必死に口を結び、優雅な微笑みを浮かべようとした。
普段なら「きゃはは!きゃはは!」って過呼吸になって死にかけるところだけど、今日はぐっと我慢。 その結果、「花千夢、昨日の晩ご飯がお腹に合わなかったのか?顔色が優れないぞ」と先生に心配され、クラス中に「かちゅ、大丈夫?」という変な心配の目線を浴びてしまった。無理に静かにしている私を見て、陽太は不安そうに首を傾げている。静寂は私には似合わないらしい。
失敗その二:完璧な歩行
かぐやの歩き方は、まるで絨毯の上を滑るように静かで優雅だ。絶対に転ばない。 休み時間、私はかぐやの真似をして、一歩一歩、足の先まで意識して廊下を歩いてみた。
視線は遠く、背筋は真っ直ぐ。けれど馴れていなく、(やっぱ…なんか…酷いね …)。やはり五歩進んだところで、私の足は自分の足に絡まり、私は「っあ!んにゃっ!」という情けない悲鳴を上げながら、派手に前方に転倒。顔面から床に突っ込みそうになったのを、泉が間一髪で引き上げてくれた。 「花千夢!貴女の歩幅と重心は、そんな優雅な歩き方には耐えられないわ。危ないからやめなさい!」 通りかかった生徒会の先輩(かぐやの取り巻き)の冷たい視線が、私に突き刺さった。
失敗その三:静かなる読書
かぐやは常に難しい本を読んでいる。
私もカバンから、かぐやが読んでいたという『古代天文学史』を取り出した。
昼休み。教室の片隅で、優雅にページをめくる。しかし、私の目は「プトレマイオスの宇宙論」という文字を見た瞬間からフワフワと夢の世界へ。気が付いたら、本の上に顔を埋めて、よだれが乾いてパリパリになった状態で眠っていた。陽太に「かちゅ、よだれで古代天文学史がドロドロだよ。水に弱い本だぞ」とからかわれ、また爆笑のネタを提供してしまった。
失敗その四:完璧な身だしなみ
かぐやのスカートには、いつもプリーツ(綺麗な折り目)が完璧に残っている。
私はすぐにプリーツをなくしてしまうので、アイロンをかけることにした。 夜。アイロン台に向かい、集中してアイロンを滑らせる。しかし、温度設定を間違えたらしく、スカートの一部分がちりちりと焦げ付く音が!焦って水をかけたら、さらにシミになってしまった。結局、翌日はアイロンを諦めて、いつも通りの、ちょっと焦げたヨレヨレのスカートで登校する羽目になった。
失敗その五:冷静な対応
かぐやはパニックにならない。絶対に。
翌日。給食の時間に私が勢いよく立ち上がったせいで、隣の席の子の牛乳パックを倒してしまった。牛乳はカーペットに広がっていく。私はパニックで「うわぁぁぁぁ、牛乳の津波がー!どうしよどうしよ!誰かダムを作ってー!」と叫んだ。
その時、かぐやは、自分のハンカチで牛乳を拭き取り、落ち着いた声で「すぐに雑巾を持ってくるから、皆は落ち着いて」と対応。私の騒ぎとは対照的な、完璧な冷静さだった。
失敗その六:難しい言葉遣い
かぐやは「やばい」とか「まじで」なんて言わない。「まことに」「遺憾です」「ご容赦ください」のような、難しい言葉を使う。
私は陽太に向かって、かぐやが先輩たちに言っていたことを丸パクリは悪いのでうまく?組み合わせ、「今日の体育はまことに、大変にエキサイトいたしまして、私の体は今、大いに疲憊(ひはい)しています」と言ってみた。陽太は3秒ほど固まった後、「かちゅ、どうしたの?急に賢い言葉使って。変な電波受信した?」と真顔で聞かれた。泉はクスクスと笑いながら「貴女には『やばい』くらいがちょうどいいわ」と呟いた。
失敗その七:お姫様ファッション
せめて見た目だけでも、と私は放課後、いつもは履かない黒いパンプスを履いてみた。かぐやの私服はいつも淡い色のワンピースだ。
私も真似て、母の昔の淡いベージュのワンピースを引っ張り出した。 パンプスは足が痛い。ワンピースは動きにくい。私はぎこちない動きで、泉と陽太とカフェに向かった。「なんか…酷いなぁ…」
「かちゅ、そのパンプス、サイズ合ってるか?足引きずってるぞ」と陽太が心配そうに言う。
「だ、大丈夫よ。これも優雅さの、試練というものよ。お姫様は痛みに耐えるんだから」
カフェに着くと、私は優雅に椅子に座ろうとした。が、ワンピースの裾を踏んでしまい、椅子に座る前に前のめりに”ガクン!”と前のめりになった。危うくテーブルの上の水を倒すところだった。
「ふう……これも試練ね……」
私が無理やり笑顔を作ると、陽太はもう笑うのをやめて、心配そうな目で私を見つめていた。
「ねえ、かちゅ。お前、最近なんか変だよ。無理してるだろ。全然、お前らしくない」
陽太の真っ直ぐな視線が、私の心の奥まで突き刺さった。私が必死にかぐやを演じようとするたびに、周りの人は笑うのではなく、心配し始めたのだ。私のドジで明るい失敗は愛されても、「優雅」の仮面を被った失敗は、ただの「変な人」でしかない。
その日、家に帰ると、私の失敗の数々をすべて目撃していたかぐやが、玄関で静かに立っていた。
「花千夢。パンプスはもうやめた方がいいよ。貴女の歩き方には合わない。それと、そのワンピース、お母さんのだから、汚さないでね」
かぐやの言葉は、いつものように冷静で感情がない。
「いいじゃない!ちょっとくらい真似したって!」
私は感情的になって言った。
「真似をする必要はないよ」かぐやは首を傾げた。「かちゅは、そのままの、予測不能な彗星でいる方が、皆に愛される。私は、貴女のその勢いが一番好きだよ」
その言葉は、私にとっては「貴女は永遠にお姫様にはなれない」という冷たい宣告に聞こえた。私は何も言い返せず、自室に駆け込んだ。 もうこれでは、「七つの失敗」だ。
私の「お姫様になるための七つの失敗」は、かぐやへの憧憬が、私自身を押し込める「檻」でしかなかったことを証明していた。
【第3話 終了】