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目が覚めたとき、部屋は静かだった。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに眩しい。
隣に手を伸ばすと、やっぱり誰もいなかった。
——まだ、距離取られてる。
分かっていたはずなのに、胸がきゅっと縮む。
リビングの方から、かすかに物音がした。
食器が触れる音。
コーヒーの匂い。
そこにいる。
おんりーは少し迷ってから、部屋を出た。
キッチンに立つ背中は、いつも通りだった。
でも、いつもより少し遠い。
「……おはよう」
「おはよ」
短い返事。
視線は合わない。
それだけで、昨日の続きだと分かる。
「昨日のことなんだけど」
話しかけると、
おらふくんの手が一瞬止まった。
「今は、ええ」
拒絶じゃない。
でも、受け入れでもない。
その曖昧さが、一番つらい。
「俺、怒ってるわけちゃう」
背中を向けたまま、続ける。
「ただ」
「不安にさせられた気持ち、まだ残ってる」
言い訳が喉まで出かかった。
でも、飲み込んだ。
「……返してほしかった」
その一言だけを、絞り出す。
おらふくんが、ゆっくり振り返った。
「それ、最初から言えばよかったやろ」
正論だった。
だから、何も言えない。
「おんりーはさ」
距離を詰めてくる。
逃げ場がなくなる。
「我慢できる顔してるから」
「分かりにくいねん」
低い声。
責めるより、見抜いている感じ。
「俺、エスパーちゃうから」
一拍おいて、
「言われな、分からん」
視線が絡む。
近い。
でも、触れない。
その“触れない”が、昨日から続くお仕置きだった。
「……嫌われたのかと思った、」
思ってもない言葉が、口をついて出た。
一瞬、空気が止まる。
「は?」
おらふくんの眉が、はっきり動いた。
「なんでそうなるん」
声が少しだけ強くなる。
「返事せんかったん、誰や」
ぐうの音も出ない。
「……俺」
「せやろ」
深く息を吸ってから、
少しだけ声のトーンが下がる。
「不安になるのは、しゃあない」
「でもな」
一歩、さらに近づく。
「試すんは、違う」
真正面。
逃げられない距離。
「俺の気持ち、信じられへんくなったん?」
その問いが、いちばん重かった。
「……信じてる」
即答だった。
「ただ」
少しだけ、目を伏せる。
「寂しかった」
その瞬間、
おらふくんの表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「……それや」
ため息混じりに、頭をかく。
「それを最初から言って」
沈黙のあと、
ようやく距離が縮まる。
でも、抱き寄せられない。
まだ、完全には許されてない。
「今日一日はな」
「?」
「ちゃんと不安になって」
静かに言われた。
「連絡したくなっても」
「俺からは、あんま返さん」
胸が、どくっと鳴る。
「それで」
「それでも一緒におりたいって思えたら」
初めて、目が合う。
「その時は」
「ちゃんと、構う」
その言葉に、
負けたと思った。
「……ずるい」
ぽつりと零すと、
おらふくんが小さく笑った。
「お互い様や」
その日一日、
おんりーは何度もスマホを見た。
返事は、遅い。
短い。
でも、切れない。
その絶妙な距離が、
昨日よりも、胸をざわつかせた。
——でも。
夜、同じ空間で過ごして、
同じ布団に入って。
触れないまま、
隣にいる。
その安心感だけは、
確かにそこにあった。