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チェリル「……あ、……えと……チェリル……です……」
彼女は恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さな声でそう言った。
(チェリル……! チェリルっていうのか……!)
胸の奥に、甘い衝撃が走る。
無口で物静かな彼女にぴったりな、ひどく愛らしい響きだった。
脳内のサラリーマンオタクは、今や嬉しさのあまり大号泣しながらガッツポーズを決めている。
だが、ゲームの知識がすぐに警鐘を鳴らした。
確か『魔王様と聖女様』の作中に、「チェリル」なんて名前の妖精は登場しなかったはずだ。
(……ということは、彼女は原作のシナリオには関わりのない、この世界の一般人(モブ)なのか?)
だとしたら好都合だ。
俺が聖女リリスとの破滅ルートを完全に回避し、魔王としての運命から降りてしまえば、彼女と平穏に生きる未来だって掴めるかもしれない。
「チェリル、か。素晴らしい名前だ。教えてくれてありがとう」
俺は黒いフードの奥で、心からの笑みを浮かべた。
この愛おしい妖精を守るためなら、世界を滅ぼす魔王の力だって、何だって使いこなしてみせる。
チェリル「……あ、えと………じ、じゃあ…失礼、…します……?」
彼女は顔をほんのり赤くしながら、逃げるようにトコトコと歩き去っていった。
人混みに消えていく淡水色の4枚の羽を、俺は呆然と見送る。
(行ってしまった……。でも、チェリルっていう名前が分かっただけでも大収穫だ)
とはいえ、この広い街でまた偶然会えるとは限らない。
そこで俺は、カンストした魔王のチートスキルを試してみることにした。
「――スキル発動。『過去視(パスト・ビジョン)』」
虚空に手をかざすと、俺の翡翠の魔力が発動し、彼女が歩んできた足跡が脳内に流れ込んでくる。
映像に映し出されたのは、ここ数日間の彼女の行動だった。
(あれ……? 彼女、毎日この街に来てるのか?)
スキルが見せた過去の中で、チェリルは毎日同じ時間帯に、どこか落ち着かない様子で街の市場や大通りを歩き回っていた。
何かを探しているのか、それとも誰かを待っているのか。
物静かで人間の街が苦手そうな彼女が、毎日必死に足を運んでいる明確な理由がそこにはあった。
(毎日来ているなら、明日もここで会える可能性は高いな……)
俺はマントのフードを深く被り直し、不敵に口元を歪めた。
彼女が何のために街へ来ているのかは分からない。
だが、もし困り事があるなら、魔王の力(中身はアラサーサラリーマン)が全力で解決して見せる。
コメント
2件
なんか魔王様めっちゃ不審者、