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#BL
#ヒューマンドラマ
Hp2
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縫季の手が、わずかに震えた。炭を端へ寄せようとした瞬間、火箸の先がわずかに跳ねる。
帝辛の瞳が、その揺れを逃さない。逃さない上で、わざと静かに言う。
「茶に出る。……そなたの心が揺れている」
縫季の喉が詰まる。
王太子に『心』を言い当てられることが、まずいのではない。
まずいのは、この男が、揺れを見つけた瞬間に、少しだけ楽しそうに見えることだった。
「……殿下、私は――」「言い訳は要らぬ。揺れている」
帝辛は笑わない。けれど口元が、ほんの少しだけ上がる。
「なぜだ?」
問いは軽い。だが、軽いまま刺す。
縫季は息を整え、ゆっくりと炭を動かした。今度は音が少ない。火が落ち着き、陶壺の中でじわりと香気が育ち始める。
帝辛は椀を取り上げ、縁に指を這わせた。温度を確かめるように、ゆっくりと。
湯気が彼の頬を撫で、髪の先を濡らす。
「……ああ、良くなった」
一言だけ。帝辛は茶を口に運び、目を閉じた。喉が小さく動く。
縫季は、その動きから目を逸らせなかった。逸らした途端、何かが崩れそうで。
帝辛が椀を置く。音が、静かに響いた。
「妙だ」
小さな独り言。
けれど縫季には、逃げ道のない音に聞こえた。
「私は、そなたを警戒すべきだ。王太子として――国のために。なのに、私の側が緩む。……不思議な男だ」
縫季は火箸を握ったまま固まる。言葉を返せない。
警戒されないことが、こんなに怖いとは思わなかった。
疑われる方がまだ楽だ。疑いには、形がある。だがこれは、形のない引力だ。
「官吏は皆、言葉も、息も、正しく整える」
一拍。
「……だが、お前は、整えているのに外れている。そこが厄介で、面白い」
『そなた』から『お前』へ。そこに意図がないはずがない。
「お前の茶は、どこか『外』の匂いがする」
帝辛は視線を上げ、縫季の目を正面から捉えた。
「火の焦りが、茶に出る。……それを隠そうとする癖も」帝辛の声が、わずかに低くなる。
「――お前は、本当は、どこから来た?」
空気が止まった。
縫季の手が止まる前に、火箸の先がかすかに跳ねた。
竈の炭が、小さく爆ぜる。
一拍、遅い。
帝辛が、袖で口元を隠すように俯いた。
「……ふっ」
押し殺したはずの笑いが、零れている。
「……殿下?」
「すまぬ。……いまの、お前があまりに分かりやすかった」
縫季は返す言葉を失った。
「嘘を整える前に、手が先に動く。……癖だな」
帝辛の視線が、ふっと竈の爆ぜ跡へ逸れた。
「……まあいい」
陶壺を指先でくるりと回す。『今はそこを掘らない』と、決めてしまう仕草だった。
「その話は、いずれ聞く。――今は茶だ」
椀を、縫季へ向ける。
押し付けるでもなく、受け取らせるでもなく。ただ、当たり前みたいに差し出す。
助かった、と思った瞬間に腹が立つ。逃げ道を作ってやった顔を、しない。する必要もない顔をしている。
「……承知いたしました」
縫季は一拍を呼吸で押し潰し、視線を火の前へ落とした。仕事の手つきに戻せば、言葉も『官吏のもの』になる。
香気が、静かに育つ。湯気が、二人を包む。
――だが、この体は、まだ馴染まない。
光から生まれたばかりの皮膚が、竈の熱に過敏に反応する。炭火の温みが、指先を撫でるだけで、妙な熱が這い上がる。
人間の体は、こんなに重く、こんなに厄介なのか。
香の海では、ただの光の粒子だったものが、今は血と肉の殻に閉じ込められ、帝辛の視線一つでざわつく。
帝辛の目が、湯気の向こうからこちらを捉えた。穏やかなのに、逃がさない。視線が肌に触れるような感覚。
息がわずかに浅くなり、縫季は火箸を握り直した。柄の金属が掌に食い込む感触が、余計に現実を思い起こさせる。
「手つきもだ。整えきれていない」帝辛の声が、低く響く。
からかいを含んだ響きが、耳朶をくすぐる。鼓動が、一瞬だけ速くなる。触れられてなどいないのに、胸の奥で疼きが広がった。
帝辛は薄く笑いかける。
「もう一服、ゆっくりでいい」
椀が差し出される。受け取る瞬間、帝辛の指がすぐそこにあった。
縫季は、わずかに手を引いた。触れる前に、間を空けて椀を受ける。
帝辛は何も言わなかった。縫季は頷き、火を見つめた。
湯気の渦が、二人の間を埋めていく。
(……この感覚、任務の邪魔だ。なのに、消したくない)
コメント
1件
読了しました。何より「そなた」から「お前」へ呼び方が変わった瞬間、はっとしました。意図的に変えているのが伝わってきて、二人の距離が確かに縮まったんだなと。火箸の震えや手を引く仕草に縫季の動揺が滲んでいて、繊細で好きです。「逃げ道を作ってやった顔をしない」帝辛の余裕も、最後の「消したくない」という葛藤も、全部胸に残りました。続きが気になります!