テラーノベル
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5
「本当に大丈夫なんだろうな、お前に任せて」
魔法堂からの帰宅途中、一緒にくっついてきた茜に俺は訊ねた。
茜は唇を尖らせながら、
「大丈夫かなんてわたしに訊かないでくださいよ。わたしだって不安なんですから」
「……そりゃまぁ、そうだけど」
日は傾き、オレンジ色に染まり始めた空には巣に帰るのであろう、たくさんの鳥たちが飛び交っている。
カラスに至っては道々左側に見える小山の木々を、まるで俺たちを付け回すかのように鳴きながらついてきているような気がして、何だか不気味だ。
ちなみに、あの黒い人影は今も俺と茜の後ろを、一定の距離を保ったままつけて来ていた。
ふと後ろを振り返れば、数メートル先に見える交差点の角や電信柱の影に潜み、ゆらゆらと揺れながら俺たちの様子を窺っているようだった。
目を凝らせば、やはり最初に眼にした時より、その形がはっきりしてきたような気がする。
「……あいつ、いったいなんなんだ」
「知りませんよ、こっちが知りたいくらいですよ」
「それを調べるためにお前が真帆さんの代わりに任されたんだろ? ちょっと行って調べて来いよ」
「えぇっ? イヤですよ、怖いじゃないですか」
「怖いって、じゃぁどうやって調べるつもりなんだよ、お前」
「どうって、それは、ほら、アレですよ」
「なんだよ」
「アレを、ソレして、ごにょごにょごにょ」
「ごにょごにょいわれたってわかんねぇよ!」
早く行ってこい! と茜の背中をどんっと軽く叩いてやれば、
「いたっ! パワハラです! 訴えなきゃ!」
「つべこべいってないで、さっさと行け!」
「ぐぬぬぬ……! もし襲われて死んだら、わたしも化けて出て、おじさんを末代まで付け回しますからね!」
ぷんすかしながら、最初こそ大股にずかずかと影に向かって歩いていた茜だったが、陰に近づくにつれて歩幅は小さくなっていき、何メートルか手前辺りになると足を止めた。
そこから茜はつま先立ちになり、亀の如く精いっぱい首を伸ばす。
そしてゆらりと影が揺れた瞬間、茜は脱兎の如く、俺のところまで逃げ帰ってきたのだった。
「――はぁっ、はぁっ、ひぃっ!」
変な声で息切れする茜に、俺は改めて訊ねる。
「で、どうだった? アイツは何者で、どうにかなりそうだったか?」
茜は少しばかり息を整えてから、
「……たぶん」
「たぶん? なにかわかったんだな!」
「い、いいえ……」
「なんだそりゃ、どういうことだよ」
すると茜は軽く腕を組み、顎に右手をあてるようにして、
「なんていうか、その――」
「うん」
「イヌみたいでした」
「イヌ? どこがだよ、明らかに人の形してんじゃねぇか!」
「それはそうなんですけど……何となく、感覚的に? 勘っていうか……」
「勘? なんだそれ、適当過ぎんだろ!」
「真帆さんがこないだいってたんですよ。勘って直観的なものは幻視に近いものだって」
「幻視?」
「はい。魔女の占いとか、予知夢とか、そういうのもこれに相当するらしいです。魔力が関わっているんだとか」
「魔力……」
「わたしが見る限り、あの人影に見えるものは、なんかイヌみたいだなって。さっきもわたしが近づいたら、唸り声みたいな声をあげてわたしを威嚇してきて、今にも飛びかかってきそうな感じがしたんで、慌てて逃げてきたんです」
ほんと怖かった、と胸を撫で下ろす茜。
俺は改めて、今もまだ物陰に潜んでいるあの人影に顔を向けた。
アレが、イヌ……?
にわかには信じられなかった。
形だけなら、どこをどう見ても人のようだ。
イヌ。イヌか――
……本当に?
「――それで、どうするんだ?」
「はい?」
「お前なら、アイツをどうする?」
「どうっていわれましても」
「なんだよ、やっぱ頼りにならないな」
俺は思わず噴き出すように笑ってやった。
「当たり前でしょ! 何度もいってますけど、わたしは魔女の見習いなんですから! 使える魔法だってふたつかみっつくらいしかないし……」
「ジョウレイとか、そういうのは?」
「……ジョウレイ? 法律かなんかですか?」
「違う、そりゃ条例だ。俺がいってるのは、幽霊のほう。除霊とか浄霊とかの、浄霊のほう」
「えぇ? できるわけないじゃないですか。霊能力者じゃあるまいし」
「ほんと、頼りにならねぇやつだな」
「ぐぬぬぬぬ……!」
悔しそうに顔を歪める茜を笑ってやってから、俺は改めて、あの黒い人影に視線をやった。
人影は、今も遠くから、俺たちの様子をしきりに窺っている。
静かに、そして、ゆらゆらと――
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