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佐伯柑奈
「えっ」
病室に入ってきたその人を見て、わたしは思わず声を出してしまった。
それはちょうど、昴くんと遊んで戻ってきたお昼ご飯の時間だった。最近よく病室にお邪魔するようになった。
「すいません、驚かせてしまったみたいですね。お久しぶりです、お元気ですか?」
優しく声を掛けてきたのは、救急の田中先生だった。
「どうして…?」
「…何となく、お見舞いに来たくなって」
はにかんだ笑顔でそう言った。
「あまり暇でもないんですけどね。時間が空いたもので。体調、どうですか」
「今日は、けっこういいほうです。モルヒネを持続投与してもらってるので、楽なんです」
液体のモルヒネが入ったポンプを常につけているので、痛くなったときに自分で投与することができる。
「そうですか。それは良かった」
わたしはふとあることを思いついた。聞いてもいいのかな、と気にしながらもそっと尋ねてみる。
「あの……ちょっと気になったんですけど、先生ってなんでお医者さんになったんですか? だって、かっこいいですし医者っぽくないと言いますか…」
「そんなことを患者さんから聞かれたのは初めてだな」と笑う。でも、すぐに答えてくれた。
「小さい頃に、兄が脳腫瘍になったんですよ。家で倒れて、夜だったので受け入れ先が見つからず。やっと搬送先が決まると、緊急入院で治療が始まりました。…助かることはなかったんですけどね。そのときから思っていたんです。夜でも受け入れられる救急医になりたいって。だから、夜間救急があるこの病院で働いてます」
「そうなんですか…。でも、夜って大変ですよね」
「そりゃ大変です。頑張っても救えない命だってありますし。でもやりがいもありますよ」
すると、電子音のような音が響く。田中先生はポケットから携帯電話みたいな機械を取り出した。二言三言話したあと、
「すいません、呼び出されてしまいました。お話できてよかったです。ではお大事に」
優しい笑みはそのままに、部屋を後にした。
田中先生が出て行って、しばらくしたらドアがノックされる音がした。看護師さんかな、と思って返事をする。でも顔を見せたのは、違う医師だった。
「ジェシー先生」
病棟を移ってからは担当医も変わったので、会うことはなくなっていた。
「お元気ですか? …っていうのも違うかな。お身体どんな感じですか?」
「今日はちょっといい感じです。…あの、どうしていらっしゃったんですか? 実はさっきも、救急の田中先生が来てくださったんです」
「へえ、あいつが。あ、すいません知り合いなもので。いや、ちょっと久しぶりに姿を見に」
明るく笑って言う。
「田中先生もそんなことをおっしゃってました」
と、「あ、聴診器出しっぱなしだった」
首に掛けていた聴診器を、ポケットの中へしまう。
「首に掛けてちゃダメなんですか?」
「いや、いいんですよ。でも急いで走ったときとかに落としたりしたら危ないし、第一邪魔なんで」
なるほど、とうなずく。
そして、田中先生にも聞いた質問を、もう一度口にしてみた。
「…あの、一つ聞いてもいいですか。先生って、なんで内科のお医者さんになろうと思ったんですか?」
「うーん、なんでだろう。最近は仕事しか頭にないからそんなこと思い出してないな…」
とは言いながらも、丁寧に回答してくれた。
「僕が生まれてからずっと、母は難病にかかってたんです。中学生のときに亡くなってしまって、それが悔しくて悔しくて。で、その病気を治せる医者になろうって、そこから目指してました」
家族がきっかけというのは、京本先生や田中先生と似ている。でもその背景には、それぞれの思いがあることを知った。
「…優しいですね」
いえ、と先生は首を振った。
そしてジェシー先生もまた、電話で呼び出されて去っていった。
忙しいのにわざわざ来てくれたことが申し訳ない。でも、すごく嬉しかった。
せっかくなら、ほかの先生も来てくれたら聞いてみようか、なんて思った。
続く