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学生時代、部活に行く男子が教室で着替える姿は見ていたし、それを見ても何とも思わず、『女子がいるのに着替えるのやめてよ』と文句を言っていた。
大学生になったあと、社会人フットサルの試合を見に行く事があり、友人がキャーキャー言うなか何も感じず冷静に試合を眺めていた。
色んなバイトをして色んな人たちと関わり、告白された事もあったけど、ときめきとは無縁だった。
むしろ好意を寄せられると『なんで私みたいなのが好きなの? もっと他に可愛い子いるでしょ』と気持ち悪くなってしまい、誰とも長続きしなかった。
そう思うようになった大きな要因は、痴漢された自分がとても汚れたように思え、自己肯定感が著しく低くなったからだ。
普段は弱音を吐かないし、『中村っていつも元気だよな』と言われるぐらい、男勝りな女性として通している。
朱里と二人で過ごす時は、優しい彼女を困らせたくなくてトラウマの話は避けてきた。
だって話したとしても、過ぎた出来事はどうしようもない。
今の私が痴漢されたなら、大声を上げて駅員に突き出し、社会的に抹殺するぐらいできると思う。
でも学生時代の無力な私は、一方的に汚され、支配された。
あの時に大きく傷つけられた傷痕が、今の私にも影響を与えている。
――男なんて皆同じ。
――親切そうなツラをして、心の底では『ヤリたい』ばっかり。
――一日デートして、夜になったら『ホテルに行こう?』。
――その目的のためならどれだけでも優しくできるんでしょ? 気持ち悪い。
――本当に優しい男なんているはずがない。
――篠宮さんみたいな人もいるだろうけど、彼らみたいな〝当たり〟は私なんか相手にしない。
そう思っていたから、三日月さんと会っても何とも思わなかった。
――この人は今回だけの付き合い。
――今回のグループデートは朱里と篠宮さんが楽しむためで、そのついでに私がいる感じ。三日月さんは数合わせ。
――適当に話を合わせて、二泊三日空気を悪くしなければミッションクリア。
……そう思っていたはずだった。
(なのに何なの? 男の上半身を見たぐらいで〝ドキッ〟って!)
見事なまでの王道〝ドキッ〟があまりに馬鹿らしく、自分を殴ってやりたいぐらいだ。
(私はこんなキャラじゃないでしょ! 今さら男にときめくなんてあり得ない! それに御曹司で美形な上に高身長・高学歴・高収入? 3高なんて昭和じゃないんだから!)
私は自分に盛大な突っ込みを入れ、イライラしてエレベーターのボタンを連打し続ける。
――と。
「恵ちゃん?」
タッタッ……と走ってくる足音が聞こえ、三日月さんがこちらにやってくる。
(ふんぎゃー!!)
いま最も会いたくない男ナンバーワンが近づき、私はクワッと目を見開く。
私が猫なら、尻尾がボワッと膨らんでいただろう。
慌てて歩き始めると、三日月さんが大股に歩み寄って私の腕を捉えてきた。
「待ってよ」
「…………っ」
ブンッと腕を振って彼の手を払おうとしたけれど、三日月さんは私の手を痛くならない程度に握ったまま離さない。
諦めた私はふてくされた顔で視線を逸らし、黙り込む。
(……こんなはずじゃなかった。こんな子供みたいな態度をとるつもりはなかった。朱里と篠宮さんのデートに呼んでもらえたのに、何やってんの? 私)
物凄い後悔と自己嫌悪に苛まれていると、三日月さんはロビーを見下ろすバルコニーにもたれ掛かって言う。
「俺の事が気に食わない?」
そう尋ねられ、私は溜め息をついてから「いいえ」と答える。
「……何が『違う』のか聞いてもいい?」
斜め上から私を見下ろす三日月さんは、大人の余裕たっぷりで、それがまた悔しい。
私はもう一度溜め息をつき、気持ちを落ち着けてから顔を上げて言った。
「すみません! ちょっと嫌な事を思いだして混乱しました。なんでもないので戻りましょうか」
けれど、三日月さんはそれで〝終わり〟にしてくれなかった。
「俺は恵ちゃんの話を聞きたいな」
そう言われ、私は視線を逸らす。
「……言う相手が違うんじゃないですか?」
「相手が違うとは?」
三日月さんは不思議そうに尋ねる。
「……あなたならお嬢様や美女とか、もっと相応しい人が大勢いるじゃないですか。ただのランド同行人なんて無視すればいいのに、どうして追いかけてきたんですか? そりゃあ子供みたいな態度をとったのは謝りますけど、頭を冷やしましたし、もういいでしょう」
――嘘だ。
全然冷静になんてなれていない。
彼を前にしているだけで、胸がドキドキうるさく鳴って堪らない。
だから、私が私でなくなってしまう前に立ち去ってほしかった。