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リフェアリー
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峠の上に、小屋を建てた。
木曽の村と、隣村の、ちょうど真ん中。どちらの村からも、五キロ。山道を、二時間。要が頼み、大畑が許し、村の男たちが三日で建てた。丸太と、トタン屋根。中に、机が一つと、椅子が三つ。
「ここで、何をする」大畑が聞いた。
「交換します。米と、味噌と、薪を。ここで」
「真ん中で?」
「真ん中で。木曽の村が米を担いで上がる。隣村が味噌と薪を担いで上がる。小屋の中で、同時に、置く。同時に、受け取る。先に渡す方が、いない」
大畑は、小屋を見た。
「それだけか」
「それだけじゃないです」要は、机を指した。「椅子が、三つある。木曽の村から一人。隣村から一人。もう一人は、どちらの村の人間でもない人」
「誰だ」
「僕です。最初は。他所者だから、どちらの味方でもない」
「お前を、隣村が信じるか」
「信じなくていいんです。三人のうち、一人が嘘を書いても、二人が残る。僕が嘘を書いても、木曽の人と、隣村の人が、それを書かない。隣村の人が嘘を書いても、木曽の人と、僕が、書かない。誰か一人を信じる仕組みじゃない。誰か一人が嘘をつく前提の仕組みです」
大畑は、黙っていた。
「東京の商店街で、始めました。甲府の市でも。三人が、別々の紙に、同じことを書く。一枚を書き換えるには、三人を同時に騙すしかない。三人が、別々の村の人間なら、それは、ほぼ無理です」
「……ほぼ、か」
「ほぼです。絶対はない。絶対がないから、三人なんです」
*
隣村の長は、小屋を見て、しばらく、何も言わなかった。
それから、言った。
「うちからは、孫を出す」
十九歳の、若い男だった。隣村の長の孫。字が書けて、山道を二時間、登れる。
木曽からは、ひかりが出た。要が決めたのではない。大畑が決めた。「お前の妹なら、お前が嘘を書いたとき、止めるだろう」と。ひかりは、嫌な顔をしなかった。
三冊のノートを、机に置いた。
最初の交換は、十二月の、よく晴れた日だった。
木曽の村から、男が六人、米を担いで上がってきた。一人二十キロ。百二十キロ。隣村から、男が五人、味噌と薪を担いで上がってきた。味噌三十キロ、薪六十束。
小屋の前に、並べた。米を、こちら側。味噌と薪を、あちら側。
要と、ひかりと、隣村の孫が、小屋から出て、数えた。
米、百二十キロ。味噌、三十キロ。薪、六十束。
三冊に、書いた。日付。木曽、米百二十キロ。隣村、味噌三十キロ、薪六十束。立会い、三人の名前。
「同時に」要は言った。
木曽の男たちが、味噌と薪を担いだ。隣村の男たちが、米を担いだ。同時に。誰も、先に渡していない。誰も、後で受け取っていない。
両方の男たちが、山道を、下っていった。
小屋には、三冊のノートと、三人が残った。
「……これだけ?」隣村の孫が言った。
「これだけ」要は言った。
「普通じゃん」
「普通です。普通のことを、三人で見て、三冊に書く。それだけ」
孫は、拍子抜けした顔をしていた。ひかりは、ノートを閉じて、笑っていた。
*
その夜、要は、小屋に残った。
三冊のノートを、火の前で、照らした。三冊とも、同じことが書いてあった。三人の、違う字で。
要は、商店街の最初の台帳を思った。会長の字。肉屋の字。八百屋の字。あのときも、同じだった。普通のことを、三人で見て、三冊に書いた。それだけだった。
それだけのことを、二百五十キロ運んできた。
小屋の壁に、要は、小さな板を打ち付けた。板には、三つの印があった。要の、下手な印。ひかりの名前。隣村の孫の名前。
三つの印。
一つを、誰かが削っても、二つが残る。
外で、足音がした。大畑だった。山道を、夜、一人で登ってきたらしい。
「終わったか」
「終わりました」
大畑は、小屋に入り、三冊のノートを、順に見た。長く見た。
「……字が、三つあるな」
「三つあります」
「親父は、帳面を、一冊しかつけてなかった。自分の字で」
「お父さんは、嘘をつかない人だったんでしょう」
「つかなかった」大畑は、ノートを閉じた。「だが、親父は、死んだ。帳面は、残ったが、誰も、親父の字を、読めなかった。親父しか、読めない書き方だった」
大畑は、三冊のノートを、要に返した。
「三冊なら、一人死んでも、二冊が読める。そういうことか」
「そういうことです」
大畑は、小屋を出ていった。
戸口で、一度、振り返った。
「他所者が、信用を語るな、と言った。あれは、撤回しない」
「はい」
「だが、仕組みは、語っていい」
大畑は、山道を下りていった。
コメント
1件
うわっ…ほんとにすごい話だった😭💖 「誰か一人を信じる仕組みじゃない」ってセリフ、心にグサッときたよ…。 大畑さんが「仕組みは語っていい」って言い直すシーン、じんわり染みた〜。 三人三冊のノートと、板に刻んだ三つの印。どれか一つ消えても二つ残るって発想、ほんとに賢いと思った。 ひかりちゃんが笑ってたのが、ちょっと切なくて好き。 次、どうなるんだろう…三人の立会人、このままでうまくいくのかな? 続きめっちゃ気になる〜!!🔥