僕が持ってるポケットは、なんでも出せる魔法のポケット。お母さんがある日僕に言った。
「人間界へ行きなさい。そしてこれから出会う少女を助けなさい。少女が立派になった時、マチルも立派な神様になれますよ」
お母さんは僕を、天界と人間界を繋ぐエレベーターに乗せて、笑顔で見送ってくれた。
人間界に着いた僕は公園へ向かった。神様は人間界に来ると、人間の姿と神様の姿を使い分ける。神様の時は人間には見えない。今は神様として、お母さんが言っていた少女を探した。
いつも一人でいて、ジャングルジムの上で足をぶらぶらさせていて、さくらんぼの髪飾りをつけている。僕はその情報を頼りに公園を見渡した。
「ねえ、何をしているの?」
僕は人間としてジャングルジムの上にいる少女に話しかけた。情報どおりの少女だった。
「あなただあれ?」
「僕はマチル。君は?」
「エリ。明日から小学生になるんだよ。すごいでしょ」
にこにこと話すエリちゃん。僕と同じくらいの背格好で、ふわふわと風になびくワンピースを着ていた。
「エリちゃんかあ。何か困ってることある?」
「んー、お腹すいた」
「じゃあ、何が食べたい?」
「チョコレート!」
僕はポケットから板チョコを一枚取り出した。
「おいで。このチョコレートあげる」
「ほんとに? ありがとう!」
エリちゃんはジャングルジムから降りると、チョコレートの銀紙をびりびりに開けて食べ始めた。
「そのポケット、お菓子がたくさん入ってるの?」
「違うよ、僕のポケットはね、なんでも出せるんだよ」
エリちゃんの目が輝いた。
「なんでも? 犬さんも猫さんも、お父さんもお母さんも出せるの?」
「そうだよ、本当になんでも」
「じゃあ、お友達出して!」
僕は人間界に来る前に一つだけお母さんに言われたことがある。
「だめだよ。一日に一回、エリちゃんの本当に欲しいものだけ出してあげることができるんだ」
この言いつけを守らないと、僕は強制的に天界に戻される。でも逆に、エリちゃんを立派にするか、約束を破るかしない限り、天界には戻れない。
「エリちゃんがまたこの公園に来たら、一つだけ欲しいものを出してあげる」
「わかった。じゃあ、また遊ぼうね」
夕方五時のお知らせのアナウンスが流れる中、エリちゃんは僕に手を振って、走って帰っていった。
エリちゃんはその日から毎日公園に来た。でもお願いするのはお菓子ばかり。
「どうしてお菓子なの?」
「家じゃ食べれないから、お母さんがだめって」
「昨日出した飴ちゃんも、今日出したゼリーも?」
「そうだよ、全部全部だめって言うの」
確かに食べ過ぎはいけないけど、そこまで言う必要はあるのかな。
「厳しいお母さんなんだね」
「でも好きだよ、美味しいご飯作ってくれるから。あ、そろそろ帰らなきゃ」
エリちゃんは夕方五時ぴったりに帰っていった。
その日から数日経ってもエリちゃんは公園に来なかった。久しぶりにエリちゃんが来た時、その頬にはあざがあった。
「そのあざどうしたの?」
「お母さんに叩かれたの。お菓子食べたでしょって」
あまりにもひどすぎる。一日一個、食べていただけじゃないか。
「今日からお菓子はいらないから」
「わ、わかった。じゃあ、何が欲しい?」
「しばらく公園にも行くなって言われたから、何もいらない」
エリちゃんは唇を震わせながらうつむいている。また、夕方五時のアナウンスが流れる。
「帰らなきゃ、じゃあね」
エリちゃんが僕に手を振ることはなかった。
そこから数年間、エリちゃんが来るまで眠っていた。エリちゃんが公園に来た時、背は僕をはるかに越えて、学年、組、番号が書かれた中学校の名札を着けていた。僕の姿は変わらない。
「エリちゃん、久しぶりだね。何か欲しいものがあって来たんでしょ?」
「マチル、私わんちゃんが欲しい。そしたら寂しくないでしょ?」
「そうだね、いいよ」
僕はポケットから柴犬を出した。エリちゃんは柴犬を抱き上げて言った。
「この子の名前はコロにする。この公園で飼うから、私がいない時はよろしくね」
「お家で飼わないの?」
「お母さん、わんちゃん嫌いだから」
夕方五時のアナウンスが流れ出した。エリちゃんが深いため息をつく。
「じゃあね」
エリちゃんはそれだけ言って、とぼとぼと帰っていった。
その日からエリちゃんは、コロの餌だけを僕にお願いするようになった。そして必ず夕方五時に帰っていく。たった一時間、僕はエリちゃんにかける言葉を見つけられなかった。そして最悪の事態が起こった。
エリちゃんがコロと公園外へ散歩に出かけた。でも戻ってきた時、コロはエリちゃんに抱えられて、全く動かなかった。
「エリちゃん? コロ、どうしたの?」
「見てわかるでしょ、死んじゃったの」
よく見るとエリちゃんもぼろぼろだった、顔や腕にあざがたくさんできている。
「どうして、死んじゃったの?」
「それよりシャベル出してよ」
「今日はもう……」
「いいから出してよ!」
誰もいない公園に叫び声が響いた。僕は焦って返答する。
「明日、明日出してあげるから」
「必ず、明日だよ」
エリちゃんはコロを公園の隅に隠して、夕方五時のアナウンスとともに帰っていった。
僕はいつもどおり待っていた。エリちゃんが「明日」と言ったから。でも夕方五時を過ぎてもエリちゃんは来ない。学校はもうとっくに終わっているはずなのに。
「マチル!」
エリちゃんの声だ。前を見ると、エリちゃんがこっちに走ってきている。その後ろには知らない女の子がエリちゃんを追いかけていた。
「シャベル出して! 早く!」
僕のところまであとちょっとというところで、エリちゃんは女の子に髪を掴まれた。
「逃げんなよ、あの犬みたいになりたいの?」
「マチル……早く!」
僕は何が起きているのかわからなかった。でもエリちゃんが望むなら、僕はそれを出すだけだ。ポケットから出したシャベルをエリちゃんに渡した。
エリちゃんはシャベルを受け取り、それを女の子の頭に振りかざした。女の子はもう動かない。エリちゃんは血で汚れた顔を服の袖で拭い、コロと一緒にその女の子をシャベルで埋めた。
「マチルは私の味方だよね?」
「そう、だね」
「今日のことは忘れるの、マチルも私も。じゃあね」
夜七時、エリちゃんは夜道を一人で帰っていった。
僕は公園で一人座っていた。もう日付が変わろうという時間、目の前に見えたのはエリちゃんだった。
「こんな時間に外にいたら、お母さんに怒られちゃうよ?」
「お母さんがね、私を散々叩いて外に放り出したの。だからもういいの」
エリちゃんは笑いながら涙をこぼしていた。僕も胸が痛くなって、泣きそうになる。
「もう日付は変わった?」
「今ちょうど十二時だよ」
「ナイフ出して」
さすがに察しがついた。でも、選択肢はないよね。僕はため息混じりの返事をした。
「わかった……」
ポケットからナイフを出してエリちゃんに渡した。エリちゃんはそれを受け取り、僕を優しく抱きしめた。
「マチルのこと大好きだよ」
僕の耳元で小さく囁く。エリちゃんの声は妙に凛としている。
「今までありがとう、さようなら」
腹部に激しい痛みが走り、何かが滲むような感覚がした。僕はそのまま倒れ込む。
「どうして……?」
薄れゆく意識の中、僕を見下ろすエリちゃんに尋ねる。
「そのポケット、ずっと欲しかったの。じゃあね」
ポケットを奪ったエリちゃんは、どこかへ消えてしまった。ポケットはきっと、普通の物になっているだろう。
そっか、間違えちゃったのか。エリちゃん、ごめんね……。僕は静かに眠りについた。
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