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「坊! ソイツから離れろ――― 」


「―――――‼ 」


一瞬にして巨大な拳が俺の瞳を掠めた―――


「―――くっ⁉ 」


反応する間も無く身体は猛烈な波動を受け跳ね上がる。直撃は避けたものの爆風に巻き込まれ、砂の大地を転がされると、瞳は天地を何度も知る事になった。


衝撃を緩和してくれた砂に感謝をするとともに、もし、直撃を受けていたならばと背筋が凍る。フラフラと立ち上がり、打ち上った砂塵を風が攫《さら》うと、漸《ようや》く妖気の主が露わになった。


「こっ 此奴《こいつ》は獣人―――⁉ 」

月灯りを背に巨大な禍々しい輪郭がズズンと迫り来る。


「ちがうのれすっ‼ マジンサマは違うのれすっ」

ギアラは巨大な獣人の脚にしがみ付くと成す統べも無く、簡単にズルズルと引き摺られてしまう。


「坊は黙って居ろ。ソイツは得体の知れないモノだ。大方、此処の人族《ひとぞく》同様に坊も騙していたんだろう。何故人族の振りをしている⁉ 答えろ‼ 」


「俺は…… ただの人間《ミクネー》だ…… 」


受け取ったばかりの鬼丸が抜けとばかりに騒ぎ出す―――


「フハハ、家畜《ミクネー》とは笑止。然し尚も白《しら》を切るか。天界か奈落かどちらの者なのかは判らぬが、貴様が人族を陥れ、先の異物を人界へと導いた元凶だな。だが残念だったな、貴様の策略はたった今、潰《つい》えたぞ」


獣人が半身を反らし、指を差し示す方向には、形すらも分からない、真っ黒な巨大な炭が横たわり、風によって天高く運ばれて行く最中であった。それは既に化け物を灰燼と帰した事を示し、跡形も無く滅却した痕跡であった。


―――あの化け物を一瞬で……


(コイツはギアラの仲間なのか?…… )


―――どうする? 剣を交えるか?……


張り詰めた状況が一変したのは、獣人の身体からシュウと白い靄《もや》が発せられた直後だった。


「アララ残念ネ、面白い対決が見れると思ったけどっ どうやら時間切れのようネ」


ズズンと砂に片膝を着くと、まるで空気が抜けて行くかのように獣人の身体が段々と小さくなって行く。


「―――――⁉ 」


「クッ――― ここまでか…… 坊、ソイツとは関わっては成らぬ。良いな、関わってはならぬぞ! 」


獣人は砂に突っ伏すと大量の靄がその姿を包み隠し、軈てその中から横たわる大きな牛の姿が露わになった。


「何なんだこれは…… 一体……。 それに今の声は…… 」


俺は目の前で繰り広げられた信じ難い光景に言葉を漏らすと、ギアラが事のあらましを説明してくれた。


「マルおぢちゃんのヘンシンがおわったのれすっ。マルおぢちゃんは、ちいさいころからオレのコトかわいがってくれたじっちゃんのナカマなのれすっ ワルモノじゃないのれすっ ユルシテほしいれす。イマはマジンサマのおともだちの、おおきいケンをもったヒトゾクともなかよしなのれすっ」


「大きい剣? ヴェインの事か?何か有ったのか? 」


「あい。さっきのバケモノと、マジンサマのともだちと、マルおぢちゃんがいっしょにたたかったのれすっ。マルおぢちゃんは、マジンサマのともだちをたすけてたのれすっ」


―――ヴェインと関わりが?……


「それで? ヴェインは無事なのか? 」


「そのあと、ヒトゾクたちがおおぜいたすけにキタので、ダイジョウブだとおもうのれす」


「そうか…… 」


すると後方から斥候見習いのハキムの声が届いた。


「班長さん何所《どこ》ですか? ハキムです。敵に動きが有りました。班長さん――― 」


ギアラに指を立てると闇に潜む様に指示を出し、ハキムに向って返事を飛ばす。


「ハキム此処だ。今そっちに行く少し待ってくれ」


ハキムに返答すると、小声でギアラに牛の姿になった獣人の回復を待つように伝える。落ち着きを取り戻し、信頼と協力を得る事が出来れば、言葉足らずなギアラより、今後、謎の多い他世界の情報を聞ける事が出来るかもしれない。ほっぺを悪戯にムニムニと引っ張ると、小さな子に言い聞かせるように続ける。


「牛が目を覚ましたら、目立つ行動は避け、治癒院の中庭で待っているんだぞ? 」


「わあったなのれふ《わかったのれす》」


「お前の仲間ならば呉々も、俺は今は敵では無いと伝えておいてくれ」


「わかへるれふっ《まかせるれす》」


ギアラとの位置関係を悟られぬ様に、その場を後にする。少しばかり回り込むと、声の主の方角へと向かい、月明りに伸びた人影に近づくと、キョロキョロと不審な動きをする男に話しかける。


「待たせたなハキム」


「わぁっ‼ 脅かさないで下さいよ班長さん。ぼぼ僕は小心者なんですから」


「それは悪かった。脅すつもりは無かったんだが」


「あぁびっくりした。僕は夜目が利かないんですよ…… それより班長さん、さっきの得体の知れない物は一体…… 」


「うむ、辺りを探索してみたがソレらしい物は何一つ見当たらなかった。明るくなれば何か痕跡が見つかるかもしれない。今は任務を優先しよう」


「了解です。では行きましょう。急げばザイードさんに直ぐに追いつくはずです」




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暫く足場の悪い砂地を二人で走り続け、俺は先程の『声』について思考を巡らせていた。残念ながら姿を捕らえる事は叶わなかったが、あの場には、牛の他にもう一つ、僅かながら何者かの気配が確かに浮遊していた。


その何者かの声は、動物の持つ発声器官を介して出る様な所謂『声』と云う物では無く、強いて言うならば、脳内に語り掛けてくる様なギアラとの会話と酷似していた。


―――アレは……


走りながら思い耽《ふけ》ていると、ハキムが抑え気味な声を上げる。


「追いつきましたね。待っていてくれたみたいです」


漸く森林域との境で先行するザイードと、事も無く合流する事が出来た。ザイードは太い木影に半身を隠し、森の奥を覗き込む様に目を向け警戒している。二人の存在に気が付くと、腰を落とし手招きで出迎えた。


「フードを深く被った黒装束の四人組だ。剣技士が二人と、弓を持った狩人が二人。森の奥に入って行った。多分追跡を免れる為、此処を抜けるつもりだろう」


腰を落とし、三人顔を寄せ合い、ひそひそと言葉を交わす。


「夜の森なんて余計に危険だと思うんですけど、僕なら入りませんよ」


「腕に自信があるって証拠だな。普通なら夜の森は避ける」

ザイードは顎に手を乗せ独り言のように呟いた。


「ハキム、グランドから周辺の地図は借りて来てるな? 」


「はい」


「星の位置から地図上の現在地と合わせておいてくれ、出来るか? 」


「問題ありません班長さん。しっかりと兵学でも習いましたから」


「そうか。頼りにしてるぞハキム」


「えへへ、ご期待に添える様に頑張ります」




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崩壊した研究塔を前に兵士達が呟いた……


「いっ、一体此処で何が――― 」


すると一人の兵士が立木の中で怒号を放つ―――


「おいっ‼ 見つけたぞこっちだ、治癒師を早く、急げ‼ 」


兵士は全身傷だらけで倒れ込むヴェインの反応を探る。


「何てことだ、これは…… 毒針か⁉ 」


治癒師が現場に辿り着くと、既にヴェインは大勢の兵士に囲まれていた。一際立派な甲冑の兵に首の根を持ち上げられ、血走った瞳で治癒師は詰め寄られる―――


「よいかっ‼ 我等の希望の光だ、何を以《もっ》てしてでも必ず救え、役に立たぬ治癒師なれば、この場で両腕を切断する‼ 」


飛び出しそうな心臓を胸に納め、吹き出す汗を拭い、身体を震わせ治癒師が膝を着く。ゴクリと喉を鳴らすと、ヴェインに突き刺さった針をゆっくりと慎重に抜いて行く。液体の入った小さな皿に、針の先端の血液を少量落とすと、波紋が一斉に液体の色を変えた。


「ととっ特殊な毒では有りません。これならば薬効が期待できるやもしれません」


その場で兵士達の大きな歓声が上がると、不機嫌な顔が目を覚ました。治癒師は驚愕し、兵士は又もや大声を上げる。


「 ―――なっ⁉ 」


「ミルドルド様――― ミルドルドさまぁぁぁぁぁ――― 」


「がはっがはっ、うる…… せぇ、テメェら…… こんぐれぇで、わめくんじゃ…… ねぇ、」


「ミルドルド様ぁ――― 良くぞご無事で」


「ごっ…… ご無…… 事じゃ…… ねぇしっ、しっ…… がはっ、死にそうだっつうの。それ…… よりもよぉ…… ゲホゲホッ…… 酒…… はまだか? 」


「たっ只今‼ 」


「飲んで…… から…… じゃねぇと、死に切れねぇっ」







新たなる邂逅、示されし謎の絵図の扉を仄かに開く。やがて折り重なる偶然は、必然となりて、其の姿を闇夜に映し出し、運命を弄ぶ。声を操る者らは、其の姿を現し世に潜め、密かに首を狙ひぬ。

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